零細出版人、お白洲に 座す
出版流通対策協議会(流対協)はこのほど法人化し、その名を「一般社団法人日本出版者協議会(出版協)」と改めた。
さて、今回の話題は、そんなおめでたい席にはあまりふさわしくないとは思うのだが、同業の読者諸兄姉の身にもいつ降りかかるか知れぬ災厄とも思えるので、恥を忍んで紹介させていただく。
この2月、淡路島の簡易裁判所から突然、「期日呼出状」なる仰々しい書面が届いた。貴殿は損害賠償請求事件で提訴されたので、「×月×日に〔当洲本簡裁へ〕出頭してください」というのである。
原告は、エキゾチックアニマルなる希少動物の繁殖・販売業者。小社が10年も前に出版したペット虐待批判の本に原告ホームページからの無断使用箇所がある、というのがその訴因。
実はこのブリーダー、3年も前から「訴えるぞ、訴えるぞ!」と小社に再三、電話を寄越していたのだが、一向に訴訟行動を起こす気配がなかった。ところが3・11の福島原発事故で、当人が南相馬市から淡路島へ避難を余儀なくされたのを機に、その挙に出たのだった。
提訴直前にもわざわざ電話を寄越し、「淡路の裁判所に提訴する。裁判になれば費用もかかる」などと言う。相手の底意が透けて見えたかのようだった。
それになにより、本の絶版まで求めているのが受け入れがたい。というのも、希少動物の国際的取引を禁ずるワシントン条約の精神を重んじ、国内での取引にも批判的な1つの言論が、まさにその販売業者の手で抹殺されようとする構図を思い浮かべたからだ。その場ですぐ、訴訟を受けて立つ決意をした。
とはいえ悲しい哉、零細出版人には遠方での裁判に代理人を立てる余裕はまるでない。おまけに著者の所在も不明だから、ここは一手に引き受けるしかない。さっそく『判例六法』を入手し、本人訴訟のための猛勉を開始、A4判15枚の答弁書(訴状への反論)をしたためた。
目下進行中の裁判に差し障りのないかぎりで、そこでの論点をいくつか摘出すると──。
1)原告が著作権侵害を主張する部分はいずれも、「パンダは竹を食う」の類の動物の習性や飼育法に関する短文で、自然科学上の「事実」そのものである。それらは、著作権法に言う「創作的表現」には程遠く、同法の保護の対象とはなりえない。これを特定の者の占有に帰しては、文化や学問の発展を阻害してしまう。
2)原告は「原告が本来得るべき利益を被告が不当な手段によって得た」と主張するが、原告HPにおいて「本来得るべき利益」とは何なのか、不明。
3)原告は、総額64万円也の損害賠償請求の根拠は、本の定価×推定販売部数×0.33で、0.33とは、書籍の一般的な利益率だと言う。ネットのQ&Aサイトから引いたそうだ。
だが、本誌読者諸兄姉にはもう明らかなように、本の利益率は、出版社の取引条件、さらには出版物によって個々異なるわけで、「一般的な数字」などないも同然である。仮に33%の利益率を見込んでいたところで、製作部数がすべて捌けなければ、それは絵に描いた餅。恥ずかしながら件の書籍は、10年間1回の増刷もなかったばかりか、断裁処分してもなお、400部からの在庫を抱える体たらく。「利益」なぞ出るべくもない。
3回の口頭弁論と4回の準備書面のやり取りを経て、遠からず判決が出ることになっている。「裁判は水物」とも聞く。ともあれ、それが明らかになったところで、詳しい続報をお伝えできれば、と考えている。
田悟恒雄(出版協理事/リベルタ出版)
『出版ニュース』 201211月中旬号より
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