« 出版協 『新刊選』 2013年4月号 第6号(通巻230号) | トップページ | 時代に逆行する共通番号はいらない! 4・20集会 »

2013年4月 2日 (火)

経団連の電子出版権案を考える

出版者の権利をめぐる議論と動きが迷走している。迷走の原因はいくつかある。その第一は、中川勉強会の骨子案が、①出版物等原版を新たに組み直せば別の新しい版になるので、原出版者の権利は新しい出版物等原版には及ばないとの解釈をとることにしたため、②紙版であれ電子版であれ、競合出版、類似出版を促進させ、オンライン配信業者に簡単に権利を奪われるばかりか、③海賊出版にも有効に対抗できず、④原出版者の権利は保護されない、という説得力に欠けた内容だった点である。

出版協は骨子案についての要望を中川委員会ならびに本年1月からはじまった中川勉強会ガイドライン委員会に提出し、骨子案を改訂する方向で努力してきた(『出版ニュース』2013年1月上中旬号拙稿ほか出版協の中川勉強会への要望 などを参照されたい)。

そのガイドライン委員会は、経団連や印刷業界団体が出席を見合わせる中、骨子案の立法化に向けて議論がはじまったが、著作権者団体から、著作隣接権を出版者に付与することへの批判や警戒、議員立法化は拙速などといった意見が噴出し、骨子案への議論に実質的に入れないままになり、骨子案も改訂される見込みがない。

こうしたなか、2月5日には文化庁が出版協に出版者の権利についてヒアリングをし、設定出版権の電子書籍への拡大=電子書籍配信権の検討をはじめていることが明らかになった。

こうした文化庁の動きとハーモナイズする形で、2月19日に日本経団連が「電子書籍の流通と利用の促進に資する『電子出版権』の新設を求める」政策提言を発表した。それによると①電子書籍を発行する者に対して、②著作権者との「電子出版権設定契約」の締結により出版者に付与し、③著作物をデジタル的に複製して自動公衆送信する権利を専有させ、その効果として差止請求権を有することを可能させるとともに、④他人への再利用許諾(サブライセンス)を可能とする、という内容である。

この提案は、出版界に激震をもたらした。出版協は原出版者の権利が守れず、アマゾンなどオンライン配信業者が出版物等原版の定義から新たな権利者として容易に登場できるような内容の骨子案に反対してきたことから、著作隣接権の展望が見えないのなら、次善の策として設定出版権の電子への拡大も検討する必要があると考えていたので、比較的冷静でいられた。しかし、骨子案を推進してきた中川勉強会関係者、書協・雑協は、内部が分裂してしまった。

3月13日に開催されたガイドライン委員会では、日本経団連を招き電子出版権新設案の説明を受けた。私は質問時間もそうないと考え、会場で経団連案への次のメモを配布してもらった。

「日本経団連が電子出版権の新設を求めたことは、出版者への権利付与の生産的な議論を進める上で評価します。
・基本的要望
 現行の紙の設定出版権にも第三者への再利用許諾(サブライセンス)を付与することを検討すべきと考えます。
・理由
1 グーグルブック検索問題で明らかになったように、紙の書籍からの複写、スキャニングなどに出版者が許諾をあたえられない(著作権法80条3項 出版権者は他人に対し複製を許諾できない)という、当事者性がないことが、著作権者、出版者の対応を混乱させた。紙の設定出版権にも複製、複写、貸与等について出版者に再利用許諾を与えることが合理的である。
2 紙の本からの電子化などオンライン配信を含め多様化するビジネスに対応するには、もっぱら個人である著作権者よりも、著作権者の許諾の下に出版者に紙の設定出版権の再利用許諾を与えた方が、著作権者の負担が軽減され、ビジネスも発展する。
3 電子出版権にもサブライセンスを付与するのだから問題がない」(抜粋)
現行の著作権法第79条は、複製権者(筆者注=著作権者のこと)は「その著作物を文書又は図画として出版することを引き受ける者に対し、出版権を設定することができる」と定め、第80条(出版権の内容)は、「出版権者は、設定行為で定めるところにより、頒布の目的をもって、その出版権の目的である著作物を原作のまま印刷その他の機械的又は化学的方法により文書又は図画として複製する権利を専有する」と規定している。

このように、著作権者によって設定された出版権は、出版者が原稿(著作物)を紙に印刷(複製)し、公衆に頒布することを専有できる権利であり、出版権者は、それ以外のことを行使する権利は与えられていない。

著作権には、著者が他人に無断で複製をされない権利である複製権の他、無断で公衆に送信されない権利である公衆送信権などさまざまな権利がある。前者の複製権は、「手書、印刷、写真撮影、複写、録音、録画、パソコンのハードディスクやサーバへの蓄積など、どのような方法であれ、著作物を『形ある物に再製する』(コピーする)ことに関する権利」(文化庁『著作権テキスト』)である。

しかし、出版権設定契約によっては、出版者は「文書又は図画として複製する」権利を許されているが、それ以外の複製を行うことは許されていない。ましてや設定出版権で本を電子化して自動公衆送信することなどは当然できない。

本の複製のひとつであるコピーつまり複写の許諾を出版者が求められたりした場合、複製の許諾ができるのか? これも否である。

著作権法第80条3項は、「出版権者は、他人に対し、その出版権の目的である著作物の複製を許諾することができない」と定めているからである。この場合は、著作権者が許諾を与えることになる。「ある人がある本をコピーしたいと思った場合に、それが30条(著作権法)に規定する私的使用目的の複製である場合は別にして、そうでない場合に出版権者にコピーの許諾を求めてきたとしても出版権者にはこれを許諾する権利はない。日本複写権センター(コピーの許諾を行う著作権等管理事業者)設立当初において出版者に対し版面権もしくは出版者の権利を認めよとの意見が主張されたのは、この条項による」(三山裕三『著作権法詳説第8版』、373頁)。

こうした状況は、実務上もさまざまな問題を引き起こす。近くはグーグルブック検索問題では、日本の出版社の本がグーグルによって無断スキャニング=複写されても、出版者が権利の当事者となれないということが露呈した。そのためグーグルの違法行為を当事者として差し止めできない、グーグルの無断スキャニングに対する金銭補償や、ブック検索利用に対する使用料受領の当事者にもなれない問題が出てきた。

しかしデジタル・ネットワーク時代を迎え、出版を囲む状況は次のような様々な対応を出版社に求めてきている。
① 出版物を電子化し、オンライン書店を通じ販売するなどの電子書籍ビジネスへの対応
② 国会図書館によるデジタル化資料の公共図書館等への配信など電子図書館への対応
③ 大学などでのLANなどによる配信への対応
④ 広汎な複写、複製への対応
⑤ 自炊など無断複製や海賊出版への対応

このような諸問題への対応を有効に行うためには、出版者に電子書籍ビジネスや著作権ビジネスの当事者としての権利が付与されなければ、対応のしようがない。ビジネスそのものも発展できない。また、こうした対応をもっぱら個人である著作権者に対応を任すのは土台無理な話であり、法人である出版社が組織的に対応する方が有効である。まただからこそ、出版者の権利として著作隣接権の創設の要求が出版者から出てきた。

ところが、出てきた文科省の「電子書籍の流通と利用の円滑化会議」の結論では出版者への権利付与は先送りとなり、議員が動いた中川勉強会の骨子案は、当初案から後退し、原出版者の権利を守らないだけではなく、オンライン配信業者に容易に著作隣接権者になる道を開くなど、文化庁担当者をして「(内容的に)黙って見ていられない問題がある」とまで言われる事態となってしまった。
そうした動きにハーモナイズして、日本経団連案が提起された。これをどう評価すれば良いのか?

まず第一に、説明会でも明らかになった通り、紙の設定出版権の諸問題を検討することなく、電子出版に係る権利を単独に検討し、設定出版権を電子出版に適用し、電子出版権設定契約に基づく電子出版権を打ち出したことである。その結果、紙の設定出版権から電子出版権への接続、橋渡しの方法が検討されず、欠如していることである。

現在の電子出版物、オンライン出版物のほとんどは、紙の出版物をPDFかデジタルにして作成されている。この場合の紙の出版物から電子出版物への移転は、どのような権利関係の処理によって行われているのか? その大部分は、著作権者に電子出版化の許諾をひとつずつ取って処理していくわけで、手間ひまは膨大なものとなる。電子化が進まないのは当然である。

もし著作権法第80条(出版権の内容)を「出版権者は、設定行為で定めるところにより、頒布の目的をもって、その出版権の目的である著作物を原作のまま印刷その他の機械的又は化学的方法【ないし電子的方法】により文書又は図画【またはオンライン出版物】として複製及び【送信可能化を含む自動公衆送信】する権利を有する」と改訂すれば、一通の設定出版権契約書によって、紙とオンラインの設定出版権による出版が可能となる。

また第二に、電子出版はオンライン配信業者を利用することから、経団連案には電子出版権に他人への再利用許諾(サブライセンス)を可能とする規定が定められている。もしそうなら、紙の設定出版権にも他人への再利用許諾(サブライセンス)を可能とする規定を加えるべきと思う。本をコピーしたりデジタル複写することが合法違法を問わず一般化し、オンライン配信が普及しようという時に、著作権法第80条3項の規定は時代遅れとなっている。著作権者との調整のもとに、紙の設定出版権にも第三者への再利用許諾(サブライセンス)を、複製、複写、譲渡、貸与などの面で付与すべきと考える。そうすれば、先に掲げた①から⑤の諸課題に出版者が有効に対応可能となる。

第三に、昨年4月の中川勉強会への要望でも触れた通り「著作隣接権でないかたちでの法制化の場合には、著作権保護期間切れで、かつその時点で絶版の著作物を新たに組版して出版した出版者の権利保護を図ること」が必要であるが、こうして観点も、検討の経過からか経団連案にはない。

経団連案は、先の文科省の検討会議で設定出版権の電子への拡大案と酷似している。文化庁案を下敷きにしたものとも言える。しかし、設定出版権の電子への拡大は、少なくとも前述のような内容を加味し、現行設定出版権を改良するものでなければ、本来なら著作隣接権を付与されたい出版者としては納得できない。著作隣接権とは似て非なる骨子案が著作権者団体や利用者団体の理解を得られず、議員立法への展望がないまま、デジタル・ネットワーク社会に突入したら、出版界は危機的事態を迎えざるを得ない。

先のガイドライン委員会で、書協の片寄聡(小学館取締役)氏が、文化庁が著作権審議会で、電子出版権案と骨子案との両論を検討したとして、その結果、骨子案に決まった場合、経団連が反対するようなことはしないですねと確約を迫った。これに対し経団連側は即答を避け、出版界が文化庁にもっと接触して議論すべきことを促した。文化庁が本当に設定出版権の電子出版への拡大案といった形で、「出版者への権利付与」を考えているのなら、出版者団体、著作者団体との調整に入り、早急に試案とロードマップを明らかにすべきである。

確かに出版界の案には多くの問題があり、方法と説得も拙速かつ不十分であったといえる。結果、骨子案が頓挫し、次善の策として、本来的には出版者への権利付与ではない出版権の拡大案にまで後退・譲歩せざるを得ない状況になった。ここまで出版界を追い詰めて、著作権者や読者・利用者に、そして文化の未来はあるのだろうか? 出版者にはもはや時間も余力もないからだ。4月4日には中川勉強会で、設定出版権の拡大を中心にした(?)新たな案が提起されると聞く。期待したい。

(4月5日)

※4月2日発行の本紙、本欄(3月28日付)のなかで、文化庁によるヒアリング部分の記述に誤りがありましたので削除し、お詫び申し上げます。

高須次郎(緑風出版)●出版協会長

出版協 『新刊選』
2013年4月号 第6号(通巻230号)より

« 出版協 『新刊選』 2013年4月号 第6号(通巻230号) | トップページ | 時代に逆行する共通番号はいらない! 4・20集会 »

ほんのひとこと」カテゴリの記事