「アベノミクス」の裏側で……。
大型連休の中休みの5月1日、かつては労働者の祭典メーデーで全国に賃上げや政治スローガンが鳴り響いたものだが、今日は静かである。書店での売上げはいかがでしょうか。
アベノミクスの恩恵か、連休中の海外旅行は記録だとか、デパートの高級品の売上げは大幅増だとかのニュースが踊っている。確かに株価は上がり、ニコニコ顔の人も多かろう。また円安でニコニコの企業や一息ついているところもあるはずだ。しかし、一般的には円安は消費者を基本的に苦しめる。なぜなら、輸入大国日本は食料品の含めた輸入原料の値上がりが様々な形で消費者を直撃するからだ。
年金生活者をはじめとする収入増を期待できない高齢化社会にとっては、デフレが良いとは言えないものの、物価の安い安定的な社会は必要不可欠である。しかしながら、際限のない金融緩和というものの、われわれ小零細企業にとっては、優良企業にしか融資しない金融機関の実態を身にしみるほど知っており、その恩恵を受ける前に原材料をはじめとする物価上昇という洗礼を受けなければならない。
さて、わが業界も右肩下がりを続けながら、読者(消費者)に媚びるかのように単価の安い文庫や新書へのシフトという実質的なデフレ化を進めてきた。文庫や新書が悪いと言っているわけではない。企業間競争があり、それに勝ち抜く戦略としてそれを展開するのは極めて当然である。
だが、少し身を引いて眺めてみれば、それらの戦略は市場としてのパイを広げることにならず、結果として返品率の上昇という非効率というおまけ付きで返ってきたのではなかろうか。
また、アマゾンを頂点とする楽天やその他の通販は、各版元の売上げに占める割合は増える一方で、あたかも売上げが上がっているかのような“幻想”を与えてきたが、その実、パイを広げていたのではない。単に読者の便をはかって、流通ルートが変更されたにすぎなかったのだ。しかも、アマゾンにあっては再販制度を無視した値引きを公然とやるに及んでいる。流通システムには、学ぶべきことも多いが、それは取次さんの奮闘を期待するより他ない。流通は地方の書店や小版元にとっては正に命綱である。
書店の廃業などによる店舗数の減少、売上げの減少という低落傾向にあって、われわれ小零細版元は、制作コスト削減を意図して社内DTPや少部数印刷などの方策でどうにか再生産システムを維持してきたが、今後はアベノミクスによる円安に発する用紙の値上がりや印刷・製本のコストの上昇が見込まれる(すでに上がっているのかも)状況に直面している。
雑誌の落ち込み、コミックの停滞、戦後の流通システム(マスセール)の中心を担ってきた商品の停滞は、業界全体の変革を求めているのは間違いない。同時に読者の購買意欲の減退(経済的余裕の無さもあるかも知れない)も見逃すことが出来ない。
学生たちの読書時間の減少、テキストさえも買わない学生、漢字の読めない若者たちの増加、定年退職者たちの活字離れや図書館利用による購読の減少……。悪い話は枚挙にいとまがない。
だが、嘆いてばかりではどうしようもない。書生っぽい議論だが、「急がば回れ」で、出版界の再生を考える秋に来ているように思える。
それは、安倍自民党や橋下維新の会のいう「教育改革」ではない方策で、知的好奇心や読書体験を積みやすい環境を作り出すことではなかろうか。われわれに出来ることは、その意味では、地元に根付く文化コミュニティとしての書店を維持することであり、再販制度を維持し、過剰な価格競争という弊害に陥ることなく、良質な出版物の再生産とそれによって保持される小版元の多様な出版活動の可能性から生まれる“作物”を提供することで、読者及び書き手の要望に応えることではなかろうか。
安倍政権が進めるTPP交渉は、中身がはっきりしないが、もし締結となれば、独禁法の例外規定である再販制度は、何の抵抗もなく撤廃されるかも知れない。文化とか、知財とかいう目に見えないものが、崩壊するときは、それが表象する物の衰退と軌を一にするのだろう。決してナショナリストではないが「黄昏日本」では困るのだ。
竹内淳夫(彩流社)●出版協副会長
アベノミクスの恩恵か、連休中の海外旅行は記録だとか、デパートの高級品の売上げは大幅増だとかのニュースが踊っている。確かに株価は上がり、ニコニコ顔の人も多かろう。また円安でニコニコの企業や一息ついているところもあるはずだ。しかし、一般的には円安は消費者を基本的に苦しめる。なぜなら、輸入大国日本は食料品の含めた輸入原料の値上がりが様々な形で消費者を直撃するからだ。
年金生活者をはじめとする収入増を期待できない高齢化社会にとっては、デフレが良いとは言えないものの、物価の安い安定的な社会は必要不可欠である。しかしながら、際限のない金融緩和というものの、われわれ小零細企業にとっては、優良企業にしか融資しない金融機関の実態を身にしみるほど知っており、その恩恵を受ける前に原材料をはじめとする物価上昇という洗礼を受けなければならない。
さて、わが業界も右肩下がりを続けながら、読者(消費者)に媚びるかのように単価の安い文庫や新書へのシフトという実質的なデフレ化を進めてきた。文庫や新書が悪いと言っているわけではない。企業間競争があり、それに勝ち抜く戦略としてそれを展開するのは極めて当然である。
だが、少し身を引いて眺めてみれば、それらの戦略は市場としてのパイを広げることにならず、結果として返品率の上昇という非効率というおまけ付きで返ってきたのではなかろうか。
また、アマゾンを頂点とする楽天やその他の通販は、各版元の売上げに占める割合は増える一方で、あたかも売上げが上がっているかのような“幻想”を与えてきたが、その実、パイを広げていたのではない。単に読者の便をはかって、流通ルートが変更されたにすぎなかったのだ。しかも、アマゾンにあっては再販制度を無視した値引きを公然とやるに及んでいる。流通システムには、学ぶべきことも多いが、それは取次さんの奮闘を期待するより他ない。流通は地方の書店や小版元にとっては正に命綱である。
書店の廃業などによる店舗数の減少、売上げの減少という低落傾向にあって、われわれ小零細版元は、制作コスト削減を意図して社内DTPや少部数印刷などの方策でどうにか再生産システムを維持してきたが、今後はアベノミクスによる円安に発する用紙の値上がりや印刷・製本のコストの上昇が見込まれる(すでに上がっているのかも)状況に直面している。
雑誌の落ち込み、コミックの停滞、戦後の流通システム(マスセール)の中心を担ってきた商品の停滞は、業界全体の変革を求めているのは間違いない。同時に読者の購買意欲の減退(経済的余裕の無さもあるかも知れない)も見逃すことが出来ない。
学生たちの読書時間の減少、テキストさえも買わない学生、漢字の読めない若者たちの増加、定年退職者たちの活字離れや図書館利用による購読の減少……。悪い話は枚挙にいとまがない。
だが、嘆いてばかりではどうしようもない。書生っぽい議論だが、「急がば回れ」で、出版界の再生を考える秋に来ているように思える。
それは、安倍自民党や橋下維新の会のいう「教育改革」ではない方策で、知的好奇心や読書体験を積みやすい環境を作り出すことではなかろうか。われわれに出来ることは、その意味では、地元に根付く文化コミュニティとしての書店を維持することであり、再販制度を維持し、過剰な価格競争という弊害に陥ることなく、良質な出版物の再生産とそれによって保持される小版元の多様な出版活動の可能性から生まれる“作物”を提供することで、読者及び書き手の要望に応えることではなかろうか。
安倍政権が進めるTPP交渉は、中身がはっきりしないが、もし締結となれば、独禁法の例外規定である再販制度は、何の抵抗もなく撤廃されるかも知れない。文化とか、知財とかいう目に見えないものが、崩壊するときは、それが表象する物の衰退と軌を一にするのだろう。決してナショナリストではないが「黄昏日本」では困るのだ。
竹内淳夫(彩流社)●出版協副会長
出版協 『新刊選』
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