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2014年3月14日 (金)

国会図書館の有償オンライン資料 制度的収集の問題点

●答申の問題点
2010年6月7日、第19回納本制度審議会は、「オンライン資料の収集に関する制度の在り方について」を答申し、電子書籍の市場規模が464億円(08年)に上るとし、「オンライン資料の収集ができないと、(法律で定めた)『文化財の蓄積及びその利用』の目的が達せられない恐れがある」との認識をしめし、オンライン資料の制度的収集を次のような考え方で実施することを求めた。
1 収集方法
 主として、オンライン資料を公開した者からの国立国会図書館への送信によって収集することを想定。オンライン資料を公開した者は、送信等に関する義務を負う。
2 利用に当たっての想定
 基本的に図書館資料と同等の利用提供を行うことを想定。
3 経済的補償
 オンライン資料の収集では、送信のための手続に要する費用を「納入に通常要すべき費用」に相当するものとして考える。
現在の納本制度では、代償金が支払われるが、答申では「オンライン資料にはそもそも『印刷・製本』の工程、『作成部数』の概念が存在しない。また、『小売価格』に相当する額であるが、インターネット等において公衆に提示されている『価格』は当該資料の利用料としての『価格』であることを考慮すると、代償金の考え方を準用することは困難であると考える。また、オンライン資料の納入のための複製はデジタル複製であり、納入のための複製の費用も補償を要するほどの額にはならず、この点でも代償金の考え方を準用することは困難であると考える」との認識のもとに、オンライン資料の収集に当たって、無料での納本を義務づけている。電子出版物を編集・制作するのがタダと思っている神経は非常識というほかない。

また、国会図書館の「利用による経済的損失についてであるが、有体物の図書館資料の利用形態である閲覧、複写、図書館間貸出においては経済的損失の補償は不要とされており、収集したオンライン資料の利用にあたって、第7章で想定する利用形態(注:閲覧、複写、図書館間貸出といった紙の出版物と同様の利用形態)である限りにおいては、有体物の場合と同様に、補償を要しないと考えられる」としている。

利用による出版社の経済損失の有無を科学的に算出したわけではない。図書館での利用や貸し出しが無料であることについては、著者や出版社側から強い不満があり、貸与料などを支払うべきとの要求がある。

さらに、オンライン出版物の納本にあたっては、情報発信者が送信の際にコピーガードなどDRM(デジタル著作権管理)を解除して納入することとしているが、セキュリティの問題を引き起こす可能性がある。DRMが電子機器上のコンテンツ(映画や音楽、小説など)の無制限な利用を防ぐための技術である以上、DRMを解除して納入すれば、国会図書館による無制限な利用が技術的には可能となる。他の製造業で言えば金型そのもの、開発したソフトそのもの寄こせといわれているに等しい。

こうした観点から筆者が『新文化』2011年2月3日付で『電子納本と長尾構想の問題点』で「オンライン資料の制度的収集」=電子納本に反対する理由を論じ、7月14日には書協、雑協、新聞協会が連名で、国会図書館に対しオンライン資料収集についての要望書を提出した。出版協(当時は流対協)も12月19日付けで電子納本に反対する「オンライン収集制度化についての意見」を提出した。

●中間答申の考え方
こうした出版界の反対の動きの中、2012年3月6日、第22回納本制度審議会は「中間答申 オンライン資料の制度的収集を行うに当たって補償すべき費用の内容について」を国会図書館館長に答申した。

それによると、まずオンライン出版物で収集の対象となるオンライン資料を次の4つに分類した。

A群資料 DRM等の付与されていない無償出版物
B群資料 DRM等の付与されていない有償出版物
C群資料 DRM等の付与されている有償出版物
D群資料 DRM等の付与されている無償出版物

具体的には、
A群資料の例としては大学・民間研究所等のジャーナル、大学・民間研究所等の報告書、広報誌、自費出版(古河電工時報http://www.furukawa.co.jp/jiho/index.htm)が挙げられている。
B群資料の例として、商用電子書籍、自費出版(BOOKPUB http://bookpub.jp/publishers)
C群資料は通常の商用電子書籍・電子雑誌、自費出版
D群資料は自費出版
を例示している。B、C群資料がわれわれ出版社の商品としてのオンライン出版物にあたる。

また中間答申は「オンライン資料は、損失補償を検討する上で、紙媒体やパッケージ系電子出版物とは異なる次のような特性を有している。」として、2010(平成22)年6月7日付け答申をさらに掘り下げている。長くなるが重要な内容を含むので、全文を引用しておこう。

「(1)有体物の収用に伴う損失補償の考え方を準用できない
 オンライン資料は、インターネット等を通じた配信により流通する『情報』であるため、複製により図書館資料として保存することや、契約により利用することはできても、紙媒体やパッケージ系電子出版物のような有体物の収用に伴う損失補償の考え方を準用することができない。
(2)「作成部数」の概念が存在しない
 オンライン資料の場合、『作成部数』の概念が存在しない。このため、製作費用を作成部数で除することによって、1点当たりの『生産費用』(すなわち出版物の編集企画から販売に至るまでの総経費を作成部数で除した金額(利潤を含まない。))を求めることはできない。
(3)複製が容易である
 DRM等でコントロールされている場合を除くと、オンライン資料の場合、複製を非常に容易に行うことができ、納入のために複製して送信する場合でも、当
該複製に要する費用は極めて低廉である。
(4)出版及び分割が容易であり、従来の出版点数の考え方が適用されにくいオンライン資料の『出版』は、例えば製作した著作物を自身のホームページに公開することにより達成することができる。分割も容易であり、単行図書の一章、逐次刊行物の個々の論文など、従来では出版物として取扱う単位とはならなかった出版物の一部をそれどれ独立した単位として公開することが可能である。また、製作した著作物のファイルは出版者の手元にあるため、修正版の『出版』である改訂も、容易に行うことができる。したがって、オンライン資料の出版・改訂の費用は、特に自費出版の場合には、紙媒体の出版・改訂の費用に比べて 低く抑えることが可能であり、出版点数も従来の考え方が適用されにくい。
(5)価格が固定されておらず、また価格の改定が容易である
 オンライン資料は著作物再販適用除外制度の対象外と解されているため、オンライン資料の『定価』はなく、その価格は頻繁に変更がなされ得る。かつ、オンライン資料の価格は本体に表示することが不可能であり、出版者のホームページや電子書籍書店の販売サイト上で表示されているため、価格の改定も容易に行うことかできる。
 また、同様に上述の特性から、オンライン資料には、スパム電子書籍や専ら館からの補償を得ることを目的とした高額の(自費)出版物の発生のリスクが、紙媒体やパッケージ系電子出版物の場合に比べて高いという特徴がある。オンライン資料の補償に関する制度設計を行う際には、この点に留意して適切な対策を講じる必要がある。」

こうした認識の上で、A群資料については、「複製費用及び利用による経済的損失に対する補償は無償とする。納入に係る手続き費用としては、送付により納入した場合の記録媒体と郵送に要する最小限の実費を補償する」と結論した。2013(平成25)年7月1日から、改正国立国会図書館法に基づき、A群資料について私人が出版したオンライン資料を収集・保存をはじめた。

しかし出版・新聞業界の反対を考慮して、中間答申は「有償のオンライン資料及びDRM等の付与されている無償のオンライン資料(B、C、D群資料)、非ダウンロード型資料並びに専用端末型資料については、さらに審議を継続する」ということで収集を先送りして、有償のオンライン資料については「パッケージ系電子出版物の補償との均衡、補償がないと十分な収集ができない可能性があることを勘案し、政策的補償やその他のインセンティブの付与を行うことを含め、さらに審議を継続する。」「制度の円滑な運用等を考慮して、政策的補償等を検討することもあり得る。」とした。

有り体に言えば、有償オンライン資料は、ただ同然のものなのだが、出版社が販売しているものなので、ただで納めろというと協力しない畏れがあるのだから、それなりの補償を考えなければならないので、政策的判断で検討してください。ただし、国会図書館納品を見越して吹っかける業者もいるから注意して下さいと言っているのである。なんとも上から目線の、人を小馬鹿にしたような考えである。

●実証実験へ
これを受け、昨年の9月19日、「第1回納本制度審議会オンライン資料の補償に関する小委員会」が開催された。前記のように、「有償又はDRM ありオンライン資料の包括的な収集制度に関しては、関係団体からの指摘や懸念を踏まえるとともに、電子書籍市場の環境変化に対応した制度設計が求められているため」(小委員会の資料2「有償・DRM ありオンライン資料の収集に向けて」)である。

論点整理では、国会図書館側の「経済的補償については、複製費用及び利用(館内閲覧)に対する補償は無償とする。」とする考えに対し、出版者団体は、「本体の制作費用についても補償すべき」と考えている。これを踏まえ、経済的補償・単に「オンライン資料納入に対する補償は行わない」という方針では、関係団体の理解は得られないとして、経済的補償を行う場合の問題点を検討している。

「(ア)頒布価格に依拠した補償(たとえば、一般的な頒布価格の5割を補償)
・再販制度の対象ではないため、頒布価格の確認が困難
・スパム電子書籍等に対し、合理的な金額に抑制する制度が必要
(イ)定額制による補償(資料1点又は資料の電子データ単位の定額補償)
・基準となる補償金額を合理的に設定することが困難
・資料の頒布価格が補償額に反映されない
・マイクロコンテンツ(章などを単位として分割されて出版された資料)やスパム電子書籍等に対し、合理的な金額に抑制する制度が必要」

こうした問題点があるため、経済的な補償に代わるインセンティブも含め、検討が必要としている。

第2に、納入時のフォーマット又はDRM等の解除については、国立国会図書館が納入時のフォーマット又はDRM等の解除をもとめ、出版関係団体は、配信フォーマットでの収集を主張している。

国会図書館側が「商用電子出版物は、不正利用を防止するため暗号化されたフォーマットで頒布され、技術的制限手段(DRM)が付与されているが、そのままでは永続的な保存と利用ができないため、マイグレーション(内容の保存のため、データを異なる媒体又はシステム環境に移行させること。)可能な状態での納入が必要である」とし、出版関係団体は「納入対象となる『出版物』は、DRMが付与された配信フォーマットが相当する。(DRMを付与しない形での納入はできない。)また、国立国会図書館への納入のため、特別のフォーマット変換等を行う場合は、多額の費用が必要となる」と反論している。

そこで、小委員会の資料「有償・DRM ありオンライン資料の収集に向けて」は、現行規定では、配信フォーマットのオンライン資料を納入対象としているので、「文化財の蓄積と利用」というオンライン資料の制度収集の目的に照らせば、マイグレーション可能な状態での納入が必須であるとして、制度の見直しを含め、検討が必要としている。

そして小委員会においては、新たなオンライン資料収集制度の構築が必要であるとし、その構築を2段階で進めるという。まず、第1段階として、「これまでに関係団体等から表明された懸念や指摘に係る客観的なデータの収集と検証、また、提案の有効性や実現可能性の精査を目的として、趣旨に賛同する著作者・出版社・電子書籍取次業者・電子書店等の協力を得て、有償オンライン資料の収集・利用に関わる実証実験事業を実施する。その後、第2段階として、実証実験事業の成果を踏まえ、補償の在り方や資料の収集・利用方法について要件を確定し、オンライン資料収集に係る制度の整備を行う。」としている。

近く国会図書館側から、出版協に対して説明があるが、①有償オンライン資料収集の前提になっている納本制度審議会の結論、考え方そのものを見直すこと、②国会図書館の保存と利用の在り方、とりわけ出版活動を阻害しない、民業圧迫をしないという原則の尊重がない限り、小手先の経済補償による推進はうまく進まないだろう。

高須次郎緑風出版 )●出版協会長
『新刊選』2014年3月号 第17号(通巻241号)より

※3月6日、出版協の第2回定時総会が東京都文京区・小石川後楽園涵徳亭で開催され、高須次郎氏(緑風出版)が会長に再任されました。

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