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2014年6月 3日 (火)

改正著作権法施行までに出版社がすべきこと

去る4月25日、電子書籍に対応した出版権の整備と海賊版対策を目的とする「著作権法の一部を改正する法律案」が、国会で可決成立し、来年1月1日から施行される。改正内容について多くの問題点があり、同日、日本出版者協議会は、の「著作権法の一部を改正する法律に対する声明」(243号に掲載)を発表した。

しかし喫緊の問題は、出版社、編集者として何をしなければならないかである。改正内容が不十分だと騒いだところで、後の祭りである以上、出版社として自衛態勢に入る必要がある。

第一に、今後は出版契約書を著者との間で必ず100パーセント交わさなければならない。しかも、紙と電子について独占許諾契約を交わしている場合は別にして、既刊本にさかのぼって契約書を改めて交わしていく必要がある。従来でも同じことであるが、出版契約書なくして、著作権法の保護はないことを肝に銘じておきたい。

改めて確認するまでもないことだが、著作権法は著作権者が何々することを許諾することができる権利であり、設定出版権は「著作物を複製する権利を専有する」(法21条)著作者が「その著作物を文書又は図画として出版することを引き受ける者に対し、出版権を設定できる。」(法79条)という規定で、あくまで著作者が紙で出版を引き受ける者、つまり出版者に出版を許可しているにすぎない。

改正法も、伝達者の権利である著作隣接権が出版者に付与されたというものではない。出版者が著作者(=複製権者)から付与された義務を履行しなければ、出版権の消滅請求をされ、設定出版権を失うことになることに変わりがない。そして著作物を出版することに関する排他的権利である設定出版権は、設定出版権契約をすることで、初めて出版者はその権利を手にすることができる。

これまではもっぱら紙の出版だけだったので、出版者は設定出版権契約を締結もせず、口約束でも済ますことができた。しかし今回、あらたに電子出版権が創設されたため、今後は紙と電子の設定出版権契約を必ず締結するか、独占許諾契約を締結するかしないと、逆に言うと紙のみの設定出版権契約しかできない場合は、他から電子出版が行われるようになり、出版者の経営は厳しいものになる。とりわけ、ここにアマゾンが「なか見!検索」を通じてコピーした本のうち、長期品切れ本などをターゲットにして割り込んでくることは必至である。契約書を交わせないような編集者は編集者でないと言われてもやむをえまい。

第二に出版契約書の内容である。出版協会員社はこれまで設定出版権の書協ひな型、出版協有志が設立した日本出版著作権協会(JPCA)による紙と電子の一体的な独占的な出版契約書ひな型を主に用いてきた。出版社が従来から使用してきた改訂前の書協ひな型は、紙の設定出版権契約を基本に、電子出版についての出版者と著作権者との事前協議を加えたものに過ぎないので、これでは改正法に対応できない。JPCAひな型で契約している出版物についてはとりあえず安心である。

出版協としては、改正法に対応した、紙と電子の一体的な設定出版権契約書ひな型と独占許諾型のJPCAひな型を、JPCAと協力して早急に作成し、会員社の利用に供したい。書協も新たなひな型を作成すると思うが、改正法施行までと、施行後6カ月以内に再契約作業を終わらせるには、それを待っていられるかは分からない。

とりわけ、改正法で単行本の文庫化について、紙の再許諾という形で原出版者が文庫出版者に許諾を行えるようになった(改正法80条第3項)。この点は書協系の大手文庫出版社が最後まで紙の再許諾を潰しに掛かったことを忘れてはいけないし、今回の法改正において出版協としての独自主張が通った成果と言える。これまでの泣き寝入りは必要ないのだ。したがって、この点の細かい諸条項、たとえばセールスレポート方式の採用などは、出版協=JPCAひな型でしか作れない。書協ひな型を使っていれば安心だといった権威主義、寄らば大樹の陰主義を続けたい向きはそれでもいいが、今後はよく考えた方が良い。

第三は電子出版についてである。改正法は、従来の紙の出版に、いわゆるCD-ROMやDVDなどのパッケージ系電子出版物を加えて、これらの出版行為を許される者、つまり権利の設定をされた者を第一号出版権者とした。またオンライン系電子出版物については、「記録媒体に記録された著作物の複製物を用いて公衆送信を行う権利」(80条第2号)とされ、これらの行為を引き受ける者を、第二号出版権者とした。

したがって、河村文化庁次長の答弁にあるとおり、紙の出版はA出版社、CD-ROMについてはB出版社、電子出版はC電子配信業者という形があり得る。

そしてこの公衆送信行為を引き受ける第二号出版権者には、アマゾン、アップルやグーグルといったプラットホーマー=巨大電子配信業者も含まれる。これは河村文化庁次長も国会答弁で認めている。そうすると、中川正春議員の質問にあるとおり、企画編集を行わないプラットホーマーが第二号出版権を独占することが可能となり、たとえばアマゾンがある出版物の独占的な電子配信をすることも可能となる。出版社が第二号出版権も専有できれば、電子の再許諾をつうじて、アマゾン、楽天等への配信ができ、読者の利便性も増すのに、これでは読者利益に反する事態も予想される。

改正法でもこれまで通り、別段の定めのない場合を除いて、原稿などの引渡し後6カ月以内に「出版の義務」(改正法81条)が生じる。当然、オンライン型電子出版物の公衆送信義務も生じる。「出版の義務」に違反した場合は、著作権者が3カ月以上の期間を定めて催告しても「出版の義務」が履行されない場合は、著作権者は設定出版権の消滅請求(改正法84条)によって、出版者は設定出版権を失うことになる。たとえば、せっかく電子出版権を著者からもらっても、6カ月以内に電子出版物を配信できなければ、9カ月後には電子出版は他から配信されることになる。

出版社としては、電子出版権を取得するとともに、電子出版の時期は先に延ばす契約をして、当面、電子出版を先延ばしにしようとする考えがある。しかしこれは、あくまで当座しのぎの策に過ぎないと思われる。第一号出版権と第二号出版権を一体的に著者との間で契約を交わし、CD-ROMなどのパッケージ系電子出版物とオンライン系電子出版物を積極的に出していくことが必要だし、その方が著者や読者の利益になることを強調して契約していく必要がある。

幸い、出版協の会員社は、書協系出版社に比べて、社内のDTP体制は格段に進んでいて、技術力も高い。出版物最終データの自社所有率はほぼ100パーセントに近い。書協系の出版社などでもそうした出版社があるが、おおかたは印刷会社や編集プロダクションに依存した本作りを行っている。したがって、出版物最終データの帰属の問題が常につきまとう。印刷会社は自社の所有物と主張するし、そのように主張できるデータ加工を施していよう。東京地裁平成13(2001)年7月9日判決は、雑誌製版フィルムの所有権帰属について出版者の主張を退け、印刷所の所有とした。製版フィルムだから出版物最終データは関係ないという向きもあるが、楽観できるものではない。争えば負ける可能性が高い。事前に所有権の帰属や交付の契約をする必要があり、書協はこの教訓を踏まえ、すでに契約書ひな型を準備している。問題は有料交付になったり、データに特殊な加工が施されていて、簡単に転用できない問題が起こる可能性である。出版協としては、こうしたことを含め、電子化技術、電子化対応についても早急に対策をはかりつもりである。

第四に電子出版物の価格についてである。

2007年、アマゾンはキンドルを発売する日まで電子書籍価格を出版社にマル秘にしてきて、お披露目の11月19日に、9ドル99セントと発表した。「居並ぶ出版社上層部は皆一様にだまされたとくやしがった」(ブラッド・ストーン著『ジェフ・ベゾス 果てなき野望』日経BP社)。「人気書籍の電子が低価格で提供された結果、業界は様変わりした。デジタル有利な戦況となり、その結果、リアル書店は苦しくなり、独立系書店は追いつめられ、市場におけるアマゾンの力は強くなった」(同上)。ペンギン、ランダムハウスなど米英の大手出版6社とアマゾンとのその後の熾烈な戦いは、アマゾンによる大手出版社のカルテル嫌疑での米司法省への告発に至ることはよく知られた話だ。

このことからも分かるように、電子書籍の価格決定権を出版社が失うと、紙の書籍の売れ行きに大きなマイナスの影響がでて、書店も出版社も危機に追い込まれる。力の強い出版社はエージェンシー・モデルで契約可能だが、ほとんどはホールセール・モデルを選ばざるを得ず、価格決定権を奪われてしまう。日本の場合、公正取引委員会は、独禁法は有体物が対象で、オンライン系電子出版物は有体物ではないので、非再販商品としている。そのためアマゾンでエージェンシー・モデル契約をしている出版社は、講談社、小学館、集英社など5社ほどで、他はKADOKAWAなど大手も含めホールセール・モデルを呑まされている。電子書籍で価格決定権を保持するには、紙と電子の出版権を一体的に契約し、エージェンシー・モデルを認めない電子配信業者とは取引をしないなど防衛策を図るとともに、政治の力によってフランスのような電子書籍の価格維持法のような法律を作って保護してもらう以外に方法はない。

アマゾンはキンドルの発売までに10万タイトルをダウンロード可能な状況にすべく、出版社との直取引を推進しアマゾンへの依存率を高めアマゾンの条件を呑ませ、「サーチ・インサイド・ザ・ブック」(なか見!検索)に使うスキャン画像をキンドルに流用する方法で、タイトルを獲得していった。日本でも当然行われている。「なか見!検索」に応じている出版社は3桁の数であり、今後、これらの出版社は、特に早急な対応が必要だ。

改正法では、単に第一号出版権しかもたない出版者が、デジタルスキャンによる海賊版対策に対応することができないばかりでなく、第二号出版権を持っていても、グーグルが行っている書籍の全文検索サービスであるGoogle Booksなどが、その準備行為として行っているデジタルスキャン行為の差止め請求を求めるのは難しい。グーグルブックサーチ問題が発生した時の全米出版社協会(AAP)なみの対応はできないのである。これはどういうことか。

中川正春議員は、4月4日の衆議院での質問で「電子書籍に対応した出版権の内容として複製権及び公衆送信権が適当であるというふうにされていると私は認識しているんですけれども、この形にしないで、複製権を専有させないということに法律ではなっている。この理由を教えてください」。「二号出版権について電磁的記録としての複製権を専有させないとした場合に、公衆送信については差しどめ可能であるものの、その前提となる電磁的な複製行為、データのコピー等に対しては対抗できないということになりまして、海賊版対策としてこれで十分と言えるのか」と質した。政府は二号出版権について電磁的記録としての複製権を専有させる規定がないから、海賊版目的が明白になった複製には公衆送信権違反で対抗すると答弁するに止まった。前記のグーグルなどが公衆送信目的で著作権者や出版権者の許諾を得ないで密かに行っている準備行為を差し止めることは難しいという考えらしい。であるなら、なおさら予防的にも複製権を専有させる規定が必要ではないのか。改正法はこうした点でもアマゾンやグーグルなどのプラットフォーマーに有利な内容になっている。

アマゾン・ジャパンは出版子会社を使って電子出版権の獲得に組織的にすでに乗り出している。単品別の販売データを持っているアマゾンは長期品切れ本ばかりでなく、アメリカで行われたように、改正法施行以前の出版物の著作権者に売り上げ配分で破格の条件を提案して電子出版権を刈り取っていくことは間違いない。そのうえで、「エブリシング・ストア」として、出版物のダンピング販売によって集客してさまざまな商品を販売していくであろう。著作権者と出版社の信頼関係などで一体的に契約できるなどと改正法審議では語られたが、そんな浪花節が通用するような世界ではない。出版物を企画編集製作しない、単なるデジタルコピー業者によって、日本の出版社が危機的状況に追いつめられ、日本の出版文化が危機を迎えるのはそう遠いことではない。法的保護が充分ではない以上、自衛策を早急に講じる必要があるが、その時間も少ないし、選択肢もきわめて乏しいことを肝に銘じるべきであろう。

現在、出版協会員社が行っているアマゾンのスチューデント・プログラムにからむ自社出版物の出荷拒否は、紙の出版物をめぐる値引き問題であるが、電子書籍の問題とも密接に絡んでいることは言うまでもない。出版社の大半は、長期化する出版不況の中で自分の頭のハエを追うことばかりに追われていて、確かに余裕がない。しかし、事は出版社の存続そのものに関わっているのである。われわれ中小零細出版社は専門的で採算性の取りにくい専門教養書を中心に出版し、学問芸術の伝達と継承の重要な部分を担っている。だからこそわれわれは、我が国の出版文化の存続のために、一段の努力が必要である。問題点は様々あるが、紙数も尽きたので、別の機会にしたい。

高須次郎緑風出版 )●出版協会長
『新刊選』2014年6月号 第20号(通巻244号)より

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