改正著作権法の再許諾を考える-原出版社と文庫出版社の立場が逆転
以下の文章は、『出版ニュース』2014年8月中旬号所収の拙文「改正著作権法の再許諾を考える-原出版社と文庫出版社の立場が逆転」に、同誌編集部の許可を得、原稿に一部手を加えたものである。
改正著作権法は、設定出版権の電子出版への拡大に焦点が充てられているのは当然であるが、設定出版権者(出版社)の「再許諾」の意義はほとんど話題になっていない。アマゾンや楽天など電子配信業者に配信させるための再許諾と同時に、今改正法で、従来の文庫化など二次出版のための設定出版権者(出版社)による再許諾が可能になった。特に後者は出版協が強く実現を求めてきたものであり、今後、二次出版に対する原出版者(一次出版者)の取引条件改善の武器になることは間違いない。
この「再許諾」については、『出版ニュース』9月中旬号で、吉田大輔氏(元文化庁次長)が詳細に論じる予定という。注目されるところである。
●文庫化に原出版者(社)の許諾が可能に
4月25日、電子書籍に対応した出版権の整備と海賊版対策を目的とする「著作権法の一部を改正する法律案」が、国会で可決成立し、来年1月1日から施行される。改正内容について多くの問題点があり、日本出版者協議会(以下、出版協)は同日、「出版者の電子出版への対応を可能とし、紙媒体の出版者に文庫化などに対する再許諾権が認められるなどの歴史的側面と共に、主に以下のような看過できない問題点がある」として、「著作権法の一部を改正する法律に対する声明」を発表した。問題点についてはここでは触れないが、喫緊の問題は、出版社、編集者が改正法に対応して、どう対処するかが重要であり、出版協は6月13日に、日本書籍出版協会(以下、書協)は7月17日、18日の両日に会員説明会を行った。
書協の説明会を傍聴して気になったのは,紙の再許諾をめぐる問題である。改正著作権法80条第3項は、旧法を改定し「出版権者は、複製権等保有者の承諾を得た場合に限り、他人に対し、その出版権の目的である著作物の複製又は公衆送信を許諾することができる。」と定めた。電子書籍の公衆送信を規定した第二号出版権には複製が含まれていないので、この複製は、紙の本とCD-ROM等のパッケージ系の電子書籍を併せた第一号出版物の複製を指す。周知の通り旧法80条第3項は「出版権者は、他人に対し、その出版権の目的である著作物の複製を許諾することができない。」と180度反対の規定になっていた。
この規定は、たとえば、著作権者Aが出版を引き受けるB出版社(原出版者=一次出版者)に対し出版権を設定すると、当然、Aは別の出版者たとえばC文庫出版社(二次出版者)から文庫化の許諾を求められても出版権はB出版社にあるので、出版を許諾できない。またB出版社も、C文庫出版社からその本の文庫化の許諾を求められても、旧法80条第3項の規定によって文庫出版社に許諾をすることができない。これが、加戸守行の『著作権法逐条講義』が「一種の両すくみの関係にたちます」と指摘する名高い法的な論点である。設定出版権は確実に守られるのだが、柔軟性に欠けるといえる。
●旧法の論点を解消、原出版者のビジネスチャンスへ
文化庁作成の「改正法Q&A」は、旧法80条第3項の改定について、「(答)これまで、出版権者が第三者に複製について許諾することができるかどうかについては、条文上、出版権者は第三者に対し、複製を許諾することができないこととされている一方、複製権者の承諾があれば、出版権者は第三者に対し複製の許諾を行うことができるとする見解など、解釈上、様々な見解がありましたが、今般の改正法により、複製権者の承諾を得た場合に限り、第三者に対して複製を許諾することができることが明確になりました。また、今般の改正法により、電子出版についての出版権者についても、公衆送信権者の承諾を得た場合に限り、第三者に対して公衆送信について許諾することができることとされました。」と解説している。
改正法80条第3項によって、電子書籍の配信について、第二号出版権を有する出版者はみずから公衆送信を続けるだけでなく、公衆送信の再許諾により、アマゾンや楽天などの電子配信業者に同時並行して公衆送信をしてもらうことができる。
同じように第一号出版権を有する出版者は、みずから単行本の出版を継続するだけでなく、複製の再許諾により、講談社、新潮社等々の文庫出版社の求めに応じ同時並行して文庫化等を許諾することが可能となった。それだけの需要があればという条件がつくことは言うまでもない。取引条件が悪ければ再許諾を拒否することもできる。複製権者=著作権者の承諾を得た場合に限りという条件がつくものの、契約窓口となる原出版者の発意と責任は大きい。これらの点は、文化庁にも確認済みである。
これまでは、「一種の両すくみの関係」のなかで、著作権者の「承諾」を得てきた文庫出版社の取引条件を一方的に呑まされ、苦労して出版した売れ筋商品を文庫化されて悔しい思いをしてきた原出版社としては、これは革命的なことである。原出版社と文庫出版社の立場が逆転したわけで、原出版社はビジネスチャンスを得たことになる。
●著作物の流通を促進し著作権者にとっても有利
出版協は、今回の著作権法の改正について当初、著作隣接権を主張してきた。しかし書協などの案を基にした「印刷文化・電子文化の基盤整備に関する勉強会」(中川勉強会)の著作隣接権案が原出版社の権利を全く無視する内容であったため、これに反対し、紙の再許諾などを条件に中川勉強会の新たな提言、設定出版権の電子出版への拡大を柱とした「中山研究会提言」を支持することに方針を転換した。著作権分科会出版関連小委の審議が始まると、紙の再許諾が文庫出版社に不利になると見て取った書協の一部は、現状で実務に支障がないなどとして、審議やパブリックコメント、議連対策を通じて、最後まで紙の再許諾を葬り去ろうと努力したが、原案通り成立した。
書協説明会でも、「これまでの実務では、いわゆる二次出版を、『出版権の再許諾』という法形式をとって行うケースはほとんどない」と説明した。これは、これまでは法的に禁止されていたのだから、あったらおかしい話ではないか。実務では、「法律上は出版権者も複製権者もライセンスを出せませんから、形式的には出版権・複製権侵害でありますが、権利侵害についての責任追及はしないことで両者が了解を与え、その代償の意味における補償金として許諾料相当額を受領するという、実質的には複製許諾に近い形になりますけれども、そういう形で出版界の慣行として動いている」(『著作権法逐条講義』)のである。しかしその現実は、原出版社が泣き寝入りしてきた歴史であった。一部大手文庫出版社はこの現状でいいという。
書協説明会は、今改正で、第一号出版権の複製の再許諾という「このような法形式をとることは可能だと考えられるが、(文庫出版社は=筆者)契約にあたっては十分な注意が必要」などと説明した。あまり理由にならない理由をあげて、第一号出版権の複製の再許諾があたかも不合理なものとの印象を与えようとするのは、原出版社が大多数の書協会員社をミスリードしかねない。80条第3項に対応するスキームを作るとも話していたが、「このような法形式をとること」になった現実から出発すべきではないだろうか。原出版社がさまざまな文庫出版社等に再許諾することは、著作権者にとって有利であり、著作物の流通を促進するもので、それは書協の隣接権案が謳い文句にしたものでもあろう。
出版協は、現状の文庫化等の取引条件の改善を柱とする「文庫化等に関わる再許諾契約書ひな型」を作成する。
高須次郎(緑風出版 )●出版協会長
改正著作権法は、設定出版権の電子出版への拡大に焦点が充てられているのは当然であるが、設定出版権者(出版社)の「再許諾」の意義はほとんど話題になっていない。アマゾンや楽天など電子配信業者に配信させるための再許諾と同時に、今改正法で、従来の文庫化など二次出版のための設定出版権者(出版社)による再許諾が可能になった。特に後者は出版協が強く実現を求めてきたものであり、今後、二次出版に対する原出版者(一次出版者)の取引条件改善の武器になることは間違いない。
この「再許諾」については、『出版ニュース』9月中旬号で、吉田大輔氏(元文化庁次長)が詳細に論じる予定という。注目されるところである。
●文庫化に原出版者(社)の許諾が可能に
4月25日、電子書籍に対応した出版権の整備と海賊版対策を目的とする「著作権法の一部を改正する法律案」が、国会で可決成立し、来年1月1日から施行される。改正内容について多くの問題点があり、日本出版者協議会(以下、出版協)は同日、「出版者の電子出版への対応を可能とし、紙媒体の出版者に文庫化などに対する再許諾権が認められるなどの歴史的側面と共に、主に以下のような看過できない問題点がある」として、「著作権法の一部を改正する法律に対する声明」を発表した。問題点についてはここでは触れないが、喫緊の問題は、出版社、編集者が改正法に対応して、どう対処するかが重要であり、出版協は6月13日に、日本書籍出版協会(以下、書協)は7月17日、18日の両日に会員説明会を行った。
書協の説明会を傍聴して気になったのは,紙の再許諾をめぐる問題である。改正著作権法80条第3項は、旧法を改定し「出版権者は、複製権等保有者の承諾を得た場合に限り、他人に対し、その出版権の目的である著作物の複製又は公衆送信を許諾することができる。」と定めた。電子書籍の公衆送信を規定した第二号出版権には複製が含まれていないので、この複製は、紙の本とCD-ROM等のパッケージ系の電子書籍を併せた第一号出版物の複製を指す。周知の通り旧法80条第3項は「出版権者は、他人に対し、その出版権の目的である著作物の複製を許諾することができない。」と180度反対の規定になっていた。
この規定は、たとえば、著作権者Aが出版を引き受けるB出版社(原出版者=一次出版者)に対し出版権を設定すると、当然、Aは別の出版者たとえばC文庫出版社(二次出版者)から文庫化の許諾を求められても出版権はB出版社にあるので、出版を許諾できない。またB出版社も、C文庫出版社からその本の文庫化の許諾を求められても、旧法80条第3項の規定によって文庫出版社に許諾をすることができない。これが、加戸守行の『著作権法逐条講義』が「一種の両すくみの関係にたちます」と指摘する名高い法的な論点である。設定出版権は確実に守られるのだが、柔軟性に欠けるといえる。
●旧法の論点を解消、原出版者のビジネスチャンスへ
文化庁作成の「改正法Q&A」は、旧法80条第3項の改定について、「(答)これまで、出版権者が第三者に複製について許諾することができるかどうかについては、条文上、出版権者は第三者に対し、複製を許諾することができないこととされている一方、複製権者の承諾があれば、出版権者は第三者に対し複製の許諾を行うことができるとする見解など、解釈上、様々な見解がありましたが、今般の改正法により、複製権者の承諾を得た場合に限り、第三者に対して複製を許諾することができることが明確になりました。また、今般の改正法により、電子出版についての出版権者についても、公衆送信権者の承諾を得た場合に限り、第三者に対して公衆送信について許諾することができることとされました。」と解説している。
改正法80条第3項によって、電子書籍の配信について、第二号出版権を有する出版者はみずから公衆送信を続けるだけでなく、公衆送信の再許諾により、アマゾンや楽天などの電子配信業者に同時並行して公衆送信をしてもらうことができる。
同じように第一号出版権を有する出版者は、みずから単行本の出版を継続するだけでなく、複製の再許諾により、講談社、新潮社等々の文庫出版社の求めに応じ同時並行して文庫化等を許諾することが可能となった。それだけの需要があればという条件がつくことは言うまでもない。取引条件が悪ければ再許諾を拒否することもできる。複製権者=著作権者の承諾を得た場合に限りという条件がつくものの、契約窓口となる原出版者の発意と責任は大きい。これらの点は、文化庁にも確認済みである。
これまでは、「一種の両すくみの関係」のなかで、著作権者の「承諾」を得てきた文庫出版社の取引条件を一方的に呑まされ、苦労して出版した売れ筋商品を文庫化されて悔しい思いをしてきた原出版社としては、これは革命的なことである。原出版社と文庫出版社の立場が逆転したわけで、原出版社はビジネスチャンスを得たことになる。
●著作物の流通を促進し著作権者にとっても有利
出版協は、今回の著作権法の改正について当初、著作隣接権を主張してきた。しかし書協などの案を基にした「印刷文化・電子文化の基盤整備に関する勉強会」(中川勉強会)の著作隣接権案が原出版社の権利を全く無視する内容であったため、これに反対し、紙の再許諾などを条件に中川勉強会の新たな提言、設定出版権の電子出版への拡大を柱とした「中山研究会提言」を支持することに方針を転換した。著作権分科会出版関連小委の審議が始まると、紙の再許諾が文庫出版社に不利になると見て取った書協の一部は、現状で実務に支障がないなどとして、審議やパブリックコメント、議連対策を通じて、最後まで紙の再許諾を葬り去ろうと努力したが、原案通り成立した。
書協説明会でも、「これまでの実務では、いわゆる二次出版を、『出版権の再許諾』という法形式をとって行うケースはほとんどない」と説明した。これは、これまでは法的に禁止されていたのだから、あったらおかしい話ではないか。実務では、「法律上は出版権者も複製権者もライセンスを出せませんから、形式的には出版権・複製権侵害でありますが、権利侵害についての責任追及はしないことで両者が了解を与え、その代償の意味における補償金として許諾料相当額を受領するという、実質的には複製許諾に近い形になりますけれども、そういう形で出版界の慣行として動いている」(『著作権法逐条講義』)のである。しかしその現実は、原出版社が泣き寝入りしてきた歴史であった。一部大手文庫出版社はこの現状でいいという。
書協説明会は、今改正で、第一号出版権の複製の再許諾という「このような法形式をとることは可能だと考えられるが、(文庫出版社は=筆者)契約にあたっては十分な注意が必要」などと説明した。あまり理由にならない理由をあげて、第一号出版権の複製の再許諾があたかも不合理なものとの印象を与えようとするのは、原出版社が大多数の書協会員社をミスリードしかねない。80条第3項に対応するスキームを作るとも話していたが、「このような法形式をとること」になった現実から出発すべきではないだろうか。原出版社がさまざまな文庫出版社等に再許諾することは、著作権者にとって有利であり、著作物の流通を促進するもので、それは書協の隣接権案が謳い文句にしたものでもあろう。
出版協は、現状の文庫化等の取引条件の改善を柱とする「文庫化等に関わる再許諾契約書ひな型」を作成する。
高須次郎(緑風出版 )●出版協会長
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