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2016年5月31日 (火)

出版不況と言うけれど……

●神保町のラーメン屋さん
出版不況という。今月出した○○××という本が思い通り売れないという。「そんなに売れるとは思っていなかったがね……」という言い訳付きだ。
もう、30年も付き合っているが、始終こんな嘆きを聞かされている。
思い通りに商品が売れないという自覚症状がありながら、この友人は四半世紀も○○△△出版の店を張っているのだ。
このことだけでも大したものだ。神保町の交差点からJR水道橋駅まで白山通りに並ぶラーメン屋で、1年を跨いで営業を継続しているとよくやっていると感心するほどで、誠に「昔ありし家は稀なり」である。
この点から見ると出版業の地力恐るべしと評価しなければならない。

●トラック一杯分の不振の理由
たしかに書籍と雑誌、新聞、総じて紙に印刷された商品の販売金額は毎年落ち続けている。原因はいくらも挙げられている。曰く、大学生の質が落ちた。興味・関心が細分化した。人口減少とキノコ型人口構成が効き始めている。ネット情報が氾濫している。最近では電子書籍の登場が取り沙汰される。
確かに、人口が1億2700万人から1億人に減少すると全産業が20%近く規模縮小を余儀なくされるに違いない。お米も本も、床屋も貸し間の必要戸数も原理的には人口によって決まってくる。

●消えモノ・失せモノと本
本がお米やトイレットペーパーのように、「消えモノ・失せモノ」の消費財の性格を持っていたらどんなにいいかと、夢想したことがあった。読むごとに内容が減っていくので、買い足していく必要がある。残念ながら、余程特殊な好事家以外、同じ本を複数買うことはない。
本の使用の頻度を我が身で反省しても、読む回数は0回(積ん読/買い置き)か、基本1回限り。同じ本を年に5回は読み返すという人は稀である。
 
●洗濯機と本のビジネスモデル
洗濯機は1回買うと15年は買い換えられることはなく、ほぼ毎日、繰り返し繰り返し使われる。過大な宣伝のせいで無用な機能に消費者が浮気心を掻き立てられない限り、既存のメーカーの洗濯機に本質的性能の差異はない。 
ナショナルブランドもせいぜい片手ほど、製造ラインも大きい。原価回収台数も本のように初版2000部、3000部というわけではないだろう。
実は、売れないと自覚症状を持ちながら四半世紀も出版社が継続している秘密がここにあると推測している。 
1回買われると、1回しか使われない。他に代替する商品がない。個人と社会の心と頭脳の活動は人類が存続する限り止むことなく、たえまなく本というメディアに新規のテーマが提供される。
 
●有能なプロデューサーの有無
友人は、特殊な関心を持つ層に、その層にあった本づくりで、1冊だけを買って戴くことをビジネスモデルにしているのだろう。その顧客を10万人と想定しようが1000人と限定しようが本質的にかわらない。
いまこのビジネスモデル(の強み)、本の商品特性を踏まえて、社の経営、本の作り方、売り方、働き方を考え直すことで、小社も生き残れるだろうと将来を展望している。
売れている社と売れない社がある、売れる本と売れない本がある、(同じテーマでも)売れる本を作れる編集者と売れない本を作ってしまう編集者がある。同じ陶土を使っても名器と駄器に別れるのは技術の差、技術は個人の肉体にしか宿らない。
能狂言は威勢を失って歌舞伎は威勢がよく、浪曲はまったく低迷して落語は持ちこたえている。柔道、キックボクシングは見る影もない。有能なプロデューサーの有無なのだろうか?
 
●最後に我田引水
そんな訳で、編集技能の実践的・体験的な諸側面を考える研修を、我が為にもやってみたいと思っていた。40年の本づくりの体験から3つや4つの有益な編集作法が見つけ出せるかもしれない。同業の参考になるかもしれない。
出版協は、各種の研修活動に力を入れ、会員相互の交流を図ると言う。この機会を借りたい。名付けて「小社が企画の採否を決定する際の2、3の基準あるいは、小社の成功事例・失敗事例」である。
6回の限定で、小社の編集実態、編集会議のワークショップのようなものである。来月には、出版協事務局からご案内があると思う。ただ、少数のブレスト研修。奮ってご参加を。
読者の性向、テーマをピッタリ読み切り、正確な原価計算、根拠ある初版部数の設定、エッジの立ったタイトル付けの編集能力を身につけ、出す本、出す本「重版出来!」といきたいものである。

上野良治(合同出版 ●出版協副会長

『新刊選』2016年6月号 第44号(通巻268号)より

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