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2017年5月12日 (金)

イノベーションは人間を幸福にするのか?

                                   出版協理事 村田浩司(唯学書房)
「ロボット社会主義」と編集業務
 私は学生時代(およそ30年ほど前)に、遅ればせながら「軟弱な(?)」学生運動に取り組んでいたが、一緒に活動を行っていた理系某大学の友人が、「ロボット社会主義」なるものを提唱していた。いわく、「科学が進歩して、これまでに人間が担っていた労働をロボットが肩代わりするようになれば、人間は搾取的な労働から解放され、社会主義が実現する」というものだ。「階級闘争もないのに社会主義が実現するんかい?」と、私は反論した記憶があるが、まあいずれにしても、お互いに、20歳前後の粗い議論だったことは否めない。ただ、薄らぼんやりとではあるが、科学技術の革新が、格差の是正や労働環境の改善など、何かしら人類の幸福に貢献するであろうことは、当時の誰しもが夢想していた。
 その後、私たちは90年代中盤以降のIT革命により、仕事の環境やライフスタイルのドラスティックな変化を体験することとなるが、私が中堅出版社の雑誌編集部に就職した90年代初旬はまだ、アナログの最後の時代であった。OA機器といえば、編集部に1台ずつあるワードプロセッサーと、フロアにはファックスとコピー機があるのみ。雑誌の組版は当然活版で、再校以降の修正は、次ページに被害が及ばないように文字を数えながら調整を行うという配慮が必要であった。ダメな著者が再校ゲラを真っ赤にして戻してきてしまうと、印刷所の怖い活版職人のおじさんから電話がかかってきて、こっぴどく叱られたことを覚えている。
 また、雑誌のゲラの著者校正は、当然、持参か郵送で、時間がない場合にのみファックスでの確認が許された。校正の締め切り日前後には、著者校戻りゲラの回収に、著者の勤める大学や自宅を行脚する日々が続いていた。
 その後、数年を待たずに、PCが普及し、Eメールの「添付ファイル」によって、原稿は編集部に居ながらにして入手できるようになった。
 組版も、長年の経験を経た職人の仕事であったものが、2000年代初頭には、MACの低価格化とアプリケーション(QuarkXPress)の普及により、少し訓練を積んだ者が簡単に担えるほどハードルが一気に下がった。いずれにしても、これまで時間と費用をかけて行っていたものが、誰でも簡単に行えるようになったのだ。イノベーションの勝利である。では、「ロボット社会主義」も実現したのだろうか? その答えは「否」である。技術革新は、さらに私たちの労働を増やし、日常の細部に至るまで管理する(される)環境を構築してしまったことは皆さんも体感されているはずだ。
 
「オムニチャネル」の功罪
 さて、前置きはこれくらいにして、今回の本題に入りたい。物流革命と言われている「オムニチャネル」に関してだ。オムニチャネルとは、「実店舗やオンラインストアをはじめとするあらゆる販売チャネルや流通チャネルを統合し、どのような販売チャネルからも同じように商品を購入できる環境を実現すること」である。また、オムニチャネルは、市場優位性を確保すべく、きわめてユーザーフレンドリーに物流を再構築するのも、重要な要素だ。このことを顧客サイドから説明すれば、「欲しいものが」「欲しい時間と」「欲しい場所で」手に入るシステムがオムニチャネルである。
 企業サイドは、顧客の消費を喚起すべく、ビッグデータからあらゆる個人情報を吸い上げ、個々人の嗜好や趣味を精緻に把握し、ITメディアを駆使して、TPOに応じた情報をプッシュ型で提供する。たとえば、通勤の電車の中では、仕事で使える便利グッズやランチの弁当情報などを提供し、簡単な操作さえ行えば、適切な時間と場所にその商品を届けてしまうわけだ。
 アマゾンの「プライム会員」は、まさにこのオムニチャネルの一端を担うサービスとして多くのユーザーに利用されている。「欲しいものが」「欲しい時間と」「欲しい場所で」受け取れるわけだ。居ながらにして、あらゆる欲求を満たしてくれるミラクルワールドである。しかし、これは、ITと物流をマッチングさせた「イノベーション」の勝利なのだろうか。「ロボット社会主義」なのだろうか。
 答えはやはり「否」である。アマゾンの物流を担っていたヤマト運輸は、荷重な残業労働と人材不足を理由に「当日配送」からの撤退を表明した。これと前後して、ヤマト運輸は労基署の是正勧告を受け、ドライバーを含む7万人超の従業員への未払い残業代の支払いを余儀なくされている。
 一方で、アマゾンの物流倉庫においても、非常に過酷な労働が強いられている。詳細な実態は、「Mother Jones」誌の記者、マック・マクリーランド氏のルポ「I was a Warehouse Wage Slave」に詳しい。
 非常に厳しい「ブラック」労働にさらされている労働者は、社会総体から見れば、アマゾンでの「オムニチャネル」のサービスを享受している人々と同じである。タコが自分の足を食う(食うことを強いられている)地獄の中で、資本主義は延命を図っているのだ。
 イノベーションはあくまでもツールに過ぎない。「誰が」「何のために」それを利用しようとしているのか。そこを私たちは見極めねばならない。そして、時として「時代遅れ」であることを選択する勇気も必要なのだ。(2017年5月 55号)

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