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2017年12月 4日 (月)

私・今・そして/あるいは紙々の黄昏

 この「季節」がやってきた。ここ数年、弊社(彩流社)では、一橋大学大学院言語社会研究科の院生をインターンとして迎えている。とはいえ、当初はこちらの意気込みもあって、複数の院生を迎え、「出版」にかかわる全般を、それぞれの分野の方々に直接お会いしてレクチャーを受けるという形で、差配人である愚生は奔走してきたのだが、あれやこれやの業務も増え、また寄る年波、肉体的精神的な疲弊が急激にすすんだこともあって、今年はひとりのみ(修士1年・S氏)の迎え入れとなった。
 とはいうものの、せんだって手にした冊子を読んでいたら、次のような文言が目に入ってきた。出版界の先輩、山本光久氏のことばである。「昨今、いわゆる〈人文知〉のみならず広く大学教育一般、いやむしろ教育全般に関して、近視眼的・成果主義的な抑圧政策が強まっていることは誰もが感じていることだろう。直近では、〈大学の専門学校化〉なる〈改革案〉(?)までもが飛び出した。有体に言って、これは常軌を逸した文言である。何を馬鹿な。その一方では、〈ノーベル賞〉的なるものへのあられもない垂涎ぶりがあり、無論これらは表裏一体で、とりわけ若い研究者たちの無用な足枷ともなっている(多くの文学者たちにとって優れた教育者でもあったエズラ・パウンドの口真似をすれば、〈教育機関〉ではなくて〈教育阻害機関〉ということ)。しかし、ここで現政権が、そもそも大学教育の何たるかを全く理解していないなどと今更のように慨嘆してみせても始まるまい。要は、文系・理系を通底する認識の〈筋力〉をいかに鍛えるかが常に問題になるはずだ」(「埋め草的に…」『ガラガラへび』228号・2017年11月、ぱる出版)。
 これまでも、著者・訳者とのお付き合いのなかで、学生の「学力」の低減についての話題を仄聞することが多かったが、この出版不況のなか、なにはともあれ意欲ある学生にはできるかぎり、われわれ出版界の者は「応えていくしかない」のだと奮起を促されたのだった。
 というわけでこの勢いをかって、まずは代表的な「ひとり版元」の下平尾直氏にお会いし、お話を伺った。氏は「出版」にまつわることを大所高所から、さらには微に入り細を穿って、いつにもまして熱く語ってくれた。要諦はコレだ。「なぜ本に惹かれるのか……。簡単なことだ。本には思想があるからさ。本にはなにがしかの思想が書かれている、という意味じゃない。本というものそのものが一個の思想なんだ。きみたちの好きなカネに思想があるように、本にも思想がある。どういう思想かって? 本はひとを幸福にする。本は、執筆者や読者だけでなく、それをつくるひと売るひと流通させるひとなど、それに関わるひとすべてを幸福にするんだ。たとえそれがエロやグロやゴミみたいな政治家や芸能人のゴシップであったとしても、本を媒介にすることによって、ひとは幸せになり、豊かになる。本さえあればカネなんかなくても生きていける。いや、そんなにカネがほしいなら、カネを生み出すことだってできるだろう。だからおれの夢はこの国を、いや、国なんかいらない、この世界を、花やカネやジヒギトリの代わりに本で埋め尽くすことなんだ。それが思想なのさ。あの棚やこの棚にあるすべての本を、ほら、きみの部屋の本棚へ!」(「ページの奴隷、編集者!」『大学出版』112号・2017年秋、大学出版部協会)。嗚呼、むべなるかな。
 そして次はハードルが高い、「紙・印刷・製本」についてのレクチャーである。差配人としては、すでに「年末進行」的繁忙期を意識せざるをえず、普段からお付き合いをいただいている明和印刷・田林明良氏に、印刷・製本に関しての工場見学およびレクチャーを思い切って依頼してみたところ、快諾を得た。ありがたい。「印刷することと出版することは、もはや同義ではない。デジタル・パブリッシングの時代にあっては、両者は異なるものである。また、〈プリントアウトされたもの〉と、〈印刷されたもの〉が肩を並べるようになる。我々はアナログ紙の上に書き、書かれたものを読む。また我々は、電子ペーパーの上に書き、書かれたものを読む。(ポール・)ヴァレリーの細菌には、まだまだやるべきことがたくさん残っている。これから当分のあいだ、我々は依然として紙の時代に生き続けるのである」(ローター・ミュラー『メディアとしての紙の文化史』三谷武司訳、東洋書林)と、愚生のあたまのなかで鳴り響いていた。感謝多謝であった。
 ことほどさように、われわれは、著者・訳者をはじめ、多くの方々のお力添え、協力なしに「本」をかたちにすることなどできない。さらにいえば、「本」をダシにして多くの方々との「つながり」を追求しているといってもいいのかもしれない。
 出版協主催の勉強会でこれまで何度か講師を務めていただいたブックデザイナー・鈴木一誌氏は、著書で次のように記している。「あらゆる書物は、他の書物と引用や参照の関係をもっている。周囲から孤絶した本は、読まれ得ない。一巻の書物という単位すら、仮の仕切りなのかもしれない。デザインは終われない」(『ブックデザイナー鈴木一誌の生活と意見』誠文堂新光社)。 
 まさに拳拳服膺、以て瞑すべし。
出版協理事 河野和憲(彩流社

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