ほんのひとこと

2018年8月 8日 (水)

「盗人の昼寝」

「盗人の昼寝」という諺がある。「何の気なしにふるまっているように見えながら、実はある目的や思惑を隠し持っている」ことのたとえで、泥棒が昼寝をしているのは夜、盗みを働くための準備であり、一見何気ないふるまいにも悪だくらみが隠されているという意味だそうだ。誰が考えたか知らないが、ずいぶんと穿った見方というか深淵過ぎる人間観だ。人が昼寝している姿を見かけただけで、よくそこまで考えつくものだと感心する。世の中、昼寝以上に怪しいふるまいは山のようにあり、人様の立ち居振る舞いを見るたびにそこに隠された意図をいちいち探るというのは、なかなかに凄まじいテツガクだ。そこまで神経を擦り減らしている人こそ、ゆっくり昼寝でもして、リラックスするとよいのではないだろうか。

しかし、世の中、油断のならないものだということを改めて思い知らされる事件が周りで起きた。そのため、「盗人の昼寝」という諺を改めて考えてみたいとつい思った。

きっかけは、ある著者から入った1本の電話。「わたしの本が無料でダウンロードされ、配布されているらしい」という。詳しく聞けば、正体不明の謎めいたサイトで「本の内容が無料でダウンロードできます」と書いてあるそうだ。

連絡を受け、まったく「寝耳の水」の話だったため、著者に聞いた当該サイトを覗いてみる。「著者による無料ダウンロード」と書いてあり、あたかも著者が許可しているかのように見える。日本語で出版社名が載せられ、表紙画像まで出ている。もちろん、著者や出版社に、事前の申請や断り書きの文章が送られてきた事実はない。完全な海賊販であり、書名のみならず、著者の名前や版元名を許可なく載せていることから、とんでもない犯罪である。

どうかして相手を特定し、このサイトをやめさせることができないだろうか。このサイトにアクセスしてみようかと思ったが、事情をよく知る人たちに相談を持ちかけてみると、それはどうやら危険だということが分かってきた。かつては中国で、この種のサイトが横行し当局とのイタチごっこの捕り物騒ぎが繰り返されていたという。出版物だけでなく、映像や画像、漫画や写真が断りなく掲載されている。最近はそれが南米などに飛び火しているらしい。こうしたサイトはウイルスだらけで、アクセスすること自体危険で、うっかり何かのアイコンをクリックしようものなら感染必至だという。

まして相手を特定し、抗議したり、サイトを停止させるのは至難の技だそうだ。警視庁にはサイバー犯罪についての問い合わせ・届出窓口があるが、外国のサイトは取締りが困難で捕まえられないことも多い。現時点での警察通報はやめにして別の手を探った。政府のほうでも内閣府知的財産戦略局が昨年から対応を検討しているということが分かったが、まだ良案はないそうだ。

では民間はどうかと思い調べてみると、コンテンツ海外流通促進機構(CODA)という大手の音楽産業・映画・アニメ・出版会社が会員となっている団体が、国内外の政府機関や関連団体と連携し、違法アップロードされたコンテンツの削除要請、オンライン侵害者に対する直接的な権利行使等の活動をしていることが分かった。今回の件も対応をお願いしたいと思い、正式な要請の前に知人を通じてその旨を打診してみると、実は違法サイトへ削除要求を出してはいるものの実効性は不透明だという。取り組みがようやく始まったという段階らしく、海賊版撲滅の決定打というにはまだキャリア不足のようだ。 

そもそも違法行為なので、削除を含む法的処罰もできてはいる。改正著作権法では、違法ダウンロードは懲役二年または二〇〇万円以下の罰金が科せられるようになった(親告罪)。警察に対応を頼むか考えてみたが、ここでも悩んでしまう。国家は本気になれば通信の遮断はできるだろうし、いくつかの違法サイトが実際に強制的に遮断されているとも聞くが、国家の通信取締りがどこまで許されるのか、というのは大きな問題だ。

著作権法保護が拡大解釈され、自由な表現の萎縮につながったり、強行な取締りが横行する事態を招来することは本意ではないと思い直した。そこで、前段階として文化庁の「海賊版に関するお問合せフォームからメールを出したが、数カ月経った今でも「梨の礫」。 

自力救済できればいいのだが、先に述べた理由で、手を出せない。「こうしたサイトには触るな」という忠告を渋々拝受するしかないのか。

ネットの利便性を否定するつもりはないし、技術的にはあらゆるものが複写可能な時代になってもいる。その趨勢は個々人の意図にもはや関係ないところで、人類の知的環境を変え続けていく。しかし、引用でもパロディでもなく、著作物の正当な権利が蹂躙されることは、やはり文化破壊であろう。

「盗人の昼寝」という諺に含蓄を感じるのも殺伐としたものだが、昼寝が悪いわけではない、盗みが悪いのだ。ネットや複写技術が悪いのではなく、著作権侵害やサイバー犯罪が悪い。泥縄のような状態だが、それでも縄を編む手を考えていくつもりだ。

出版協理事 吉田秀登(現代書館


2018年7月 2日 (月)

「教育機会確保法」を考える

一昨年の12月「教育機会確保法」(正式には「義務教育の段階における普通教育に相当する教育の確保等に関する法律」という)が成立した。

主な内容のひとつは、不登校や在日外国人に対して夜間中学という学びの場の設置を謳ったことである。全国の都道府県で最低1校以上の設置を述べている。夜間中学は正式には「中学校夜間学級」という。現在は8都府県で31校が運営され2,000人弱が学んでいる。78割が在日外国人である。これは公立の学校であるが、これとは別に自主夜間中学が運営されており、約7,000人が学んでいる。夜間中学は戦後に開設される。戦争の傷跡からの復興の戦力のために学校に行けない生徒のために、または繁忙期の仕事の手伝いで学校に行けない人のために運営された時代もある。その後は、在日韓国・朝鮮人や被差別部落の人たちなどの学びの場として夜間中学が獲得されていく。

現在、不登校の児童生徒は10万人以上いる。中学校に限ると約3%の生徒が該当するということである。義務教育未終了者は百数十万にのぼるとされている。この法律はそういう意味では、憲法が保証する教育を受ける権利に対してその端緒を示したものということができるかもしれない。不登校のまま卒業をした「形式卒業者」に対して、以前は卒業を理由に認めていなかった再入学、いわゆる学びなおしを認めている。これは在日外国人にも適用される。また、不登校生徒は夜間中学への転校もできる。フリースクールについてはこの法律でその存在を認めた。そのほか、日本語教育が必要な場合の措置、必要と認められる臨機応変なカリキュラムの作成などを謳っている。

不登校は、児童生徒のいじめや教師の指導という名の暴力に耐えられないときなど、どうしても学校に行けない状況に追い込まれることが多い。または学校自体に馴染めない、きらいというときにも不登校は起きる。従来は、学校に「行けない・行かない」子をいかに行かせるかという問題設定で考えることが基準であった。しかし、この法律ではこのような「不登校児童生徒の休養の必要性」を述べ、学校に行かない権利を認めている。いままでも我慢や無理をしてまで学校へ行かなくてもよいという考えや提言、行動はあったが、このような考えに法的な根拠ができたカタチである。

文字・教育を取り戻す、または獲得する運動はいろいろと取り組まれている。弊社の関係でいえば、被差別部落では1950年代から識字運動・識字教室が生きていく力を取り戻す運動として取り組まれている。差別や貧困により教育の機会を奪われたなかで、文字を取り戻す運動である。現在、日本語獲得や夜間中学との連携を含め、各地で識字運動・識字教室はいろいろな方たちの協力を得ながら活動をしている。高齢者が多いなかで、2010年の調査では30%が30代までである。

国際的には国連の取り組みが知られている。1990年は国際識字年、この当時の非識字人口は文字をもたない文化をふくめ世界人口の6分の1ということである。2003年から2012年は、「国連識字の10年」として、各国それぞれに応じた子どもをふくめた識字活動が展開された。2015年には「持続可能な開発のための2030アジェンダ」で、識字の具体的な目標が掲げられている。

「教育機会確保法」は議員立法である。全国各地の不登校で教育の機会を失ってしまった関係者たちの教育の機会獲得の願いやそうした運動が、やはり在日外国人たちの生きていくために必要な文字などの獲得の願いや運動が、議員たちを動かした面が多いと推察する。また、2016年には「誰もが基礎的な教育を保証される社会の実現をめざして夜間中学、識字学級、地域日本語教室、障害者教育、生活困窮者支援など広い領域を視野に入れた」基礎教育保障学会が設立された。これらの動きはふだんあまり表には出にくい、発言力の弱い人たちの努力の結晶と言ってもよいのではなかろうか。

私たちにとって憲法が保障する必要な教育を受ける権利は、やはり憲法がいうところの不断の努力によってこの権利を保持しなければならないと思う。「教育機会」や基礎教育確保の運動はまさに足が地についた取り組みであり、これらの運動は出版文化との関連でも相互に作用して互いの進展につながるものと思う。

出版協理事 髙野政司(解放出版社

2018年5月28日 (月)

そうか! 物価の優等生だったのか?

 ●日販レポート 

 今年3月、日販平林社長の記事が「文化通信」に掲載された。衝撃的な内容だった。結論的な要請は、運賃の分担金増額などを含む条件改定だが、取次経営が全体として赤字構造になっていて、取次との取引が赤字になっている版元口座は放置できない事態という。想像するに書籍に限れば高正味版元、大量送品(高返品率)、低定価(文庫、新書、コミックなど)が赤字の要因になっているのだろう。

 また、赤字が大きい版元順に並べると上位何社が条件を改定すれば、当面の収支が改善されるのだろう。版元の対象を絞って取引条件の改定交渉に入るという。すでに日販以外の取次から運賃の高騰分の分担を理由に応分の負担を要請された版元があると聞く。

 

 ●詳細な「成績データ」

 版元が取次との取引で気にしていたのは、正味と支払い条件、返品手数料、新刊委託部数などの額面であって、取次の経営が版元・書店の業態の中で、どんな構造になっているのか(平たく言って、取次が自社との取引でどんな収益になっているか)については、関心が向かなかったというのが正直なところだろう。

 その意味で、日販レポートは衝撃的であった。版元との取引項目ごとに詳細な「成績データ」が作られているとのことだが、そのデータを渡された版元は、さっそく経営分析をしているのだろうが、取次・書店・版元を主要な担い手とする出版業界の収益構造が改善する方向性はどこにあるのだろうか?

 

 ●3つの分野の健全性の確保

 ①書店の健全性の確保──書店への取次出し正味は、平均どのくらいなのだろう。版元出し正味が70%、取次口銭が8%なら、書店の販売粗利は22%。書店も体力がさまざまであり、取次との取引条件も万別だと聞くが、30%の粗利がなければという書店側の主張があると聞く。

 ②取次の健全性の確保──雑誌の落ち込みが止まらない。雑誌配送システムとして成り立っていた流通が雑誌の部数低減によって流通コストをカバーできない。それを補填できるほど書籍で利益を獲得できない。版元正味を下げる要請が不可避になるのだろう。

 ③版元の健全性の確保──低正味(65以下か)、支払い保留などの厳しい条件が版元の経営を困難にしている。委託部数の削減、初版実売率の悪化によって、初版部数を減らさざるを得ない。定価を上げることは憚られることから、勢い原価率が上がってしまう。

 

 ●三すくみ的状況を脱出するには

 以下まったくの試論である。さまざまな段階で大いに議論を活発にしたいものである。

 ①取次の状況、要請が版元に届いていない点──取次からの発信があった。定価アップ(20年間書籍の平均定価が上がっていなというから当然であろう)。月末新刊見本・委託の集中状態の是正(適切な分散が配本・普及の上で合理的であろう)。常々、取次の窓口では、仕入れ窓口に商談に来る版元営業に折りに触れて要請しているという。

 大手版元の営業・編集・制作の意思形成過程がどのようになっているかは知るよしもないが、中小出版の場合、定価を決める場、進行を管理する制作部の段階まで取次の意向が伝わるが却ってむずかしい。営業の課題(取次との間の諸問題)を編集部(者)が共有する社内、業界風土を醸成したいものである。

 ②出版業界あげての読者へのキャンペーン──出版不況の言葉を知らない人はいない。出版関係者と知ると、「大変ですね」と慰められたり、励まされたりする。相手も出版不況の実態を知っているわけではなく、枕詞として使っているだけで、こちらの方も、「励ましてくれるなら、○○してくれ」という提案できるわけではない。

 三者の共通(書店・版元・取次)になりうる目標を掲げてキャンペーンを張っていく必要があると思っている。

 定めしそれは、読書の大いなる価値と文化行政的な支援(図書館、読書教育の予算の増額など)、本の価値の体現としての定価のアップ戦略ではないか、と思っている。出版文化を守っていく版元から読者への情報発信も、取次のプロモーション力の発揮も期待したい。

 ③版元が本を創る力・販売する力を研修する──物はたくさん作らないと上手くならない、たくさん作っているうちに洗練されてくる。ただし、粗製品を乱造しても一向に上手くならない。業界あげての編集・営業ノウハウの共有・教育のシステムの整備が必要だろう。

 小さい研修からでいい。編集の先達、営業のプロ、経営の手練から体験や知恵、技術を教わる機会を増やしたいものである。

出版協副会長 上野良治(合同出

 

 

2018年4月25日 (水)

そろそろ後継者問題にも関心を向けたい

 最近、こんな記事が目にとまった。

 「予備軍『27万社』の衝撃 後継ぎ不足、企業3割」という見出しで、中小企業の後継者問題をテーマとするものである。それによると、①この20年で中小企業の経営者の年齢分布は47歳から66歳へ高齢化している、②2020年ごろには数十万人の「団塊の世代」の経営者が引退時期となる、③少子化や「家業」意識の薄れもあり、後継ぎのめどが立たない企業は多い、という

 そうしたことから、経営者が60歳以上で後継者が決まっていない中小企業は、日本企業の3分の1にあたる127万社に達する。事業が続けられず廃業すると、2025年ごろまでに650万人分の雇用と22兆円分の国内総生産(GDP)が失われる可能性がある、と警鐘をならしている(朝日新聞デジタル版4月1日)。

 また、昨年7月〜8月に、東京商工会議所が東京23区内の中小・小規模事業者を対象として実施した「事業継承の実態に関するアンケート調査」でもこんな結果が出ている(配布数:非上場の1万社、回収率19.1%)。

  経営者の年齢が60代で3割、70代を超えても半数近くが後継者を決めていない。親族外承継も年々増加し、約4分の1を占めるようになった。親族外の役員・従業員への事業継承では、社内での経験を積みながら暫時承継の準備ができるので、経営理念や経営のナウハウなどの継承はスムーズにいくというメリットはある。

 一方、相続という手段で事業継承する親族内承継とは違って、借入金・債務保証の引き継ぎ・株式の承継などの資金準備が大きな課題である。なによりも大きな問題は、親族外の役員・従業員への事業継承では、後継者養成や後継者選びであるという。

 

 この傾向は、出版協の会員社でも例外ではないだろう。多くの社は、70年代に創業しているし、創業が浅いところでも、70年代から出版社にいて独立したという経営者は珍しくない。私が知る限り、普段は出版協の経営者たちはみな元気で、体力・知力が尽きるまで働くんだという気概をもっている。私から見ても、エネルギーが全身からほとばしっていてさすが出版協の経営者だと感嘆するばかりである。日頃、事業継承・後継者問題にはさほど関心がないように見受けられる。

 事業継承・後継者問題にあまり関心が向かない理由には他にもあるような気がする。多くの中小零細の出版経営者はなんでも屋で、編集をしながら経理も販売もこなしている。金融機関や取次など取引先との関係では個人保証も引き受けている。借入金やその個人保証を残したまま引き受けてもらうことにはなんとなく躊躇を感じるからだろう。

 しかし、酒の席では、本人の健康問題とともに編集者探しや事業継承・後継者の話題は出る。最近、社長が病気で亡くなって経営が難しくなった、高齢でまわりに迷惑をかけたくないので健康であるうちに廃業の道を選んだという話も聞く。

 私も60代前半に比べて体力は相当落ちてきて、元気でやっていけるのはあと10年くらいかなと感じるような年になった。事業継承・後継者問題を本気に検討する必要に迫られている。金融機関は融資の際はかならず後継者はいるのかということを聞いてくる。後継者がいないからといって融資を断られることはないが、金融機関は関心をもっているようである。

 この事業継承・後継者問題で最近いろいろな方と話をすることがあった。事業継承というからには、資金面の手当ては重要だが、いままで培ってきた出版活動をどう継承するかが大きな課題であると指摘された。当然のことであるが、あらためて出版理念や出版傾向というものを整理するいい機会にもなった。

 日本における出版物の多様性は最大の特徴で、それは中小零細出版社によって担われている。日本の出版文化は、中小零細出版社の持続的な発展なくしてはありえない。後継者がなく廃業していっては、先細っていくのは目に見えている。危機的状況である。

 中小零細出版社では、毎日のことで忙しく先のことまで考えられないという向きもあるが、日本の出版文化の維持発展のためには、そろそろ事業継承・後継者問題にも関心を向ける必要があるのではないか。出版協としても事業継承・後継者問題に助言できるような体制づくりができなればいいなと思う。

出版協副会長 成澤壽信(現代人文社

 

2018年4月 4日 (水)

取引格差の是正を

 昨年は、アマゾンの「バックオーダー」発注停止問題が、大きな話題となった。

 昨年4月に突然、出版各社に通告があり、7月から実施されたこのアマゾンの施策は、ロングテールの商品を多く持つ出版協会員各社にとって大きい影響を及ぼす可能性があることから、出版協では日販との情報交換に務めた。

 アマゾンは「バックオーダー」発注停止について、流通上の問題の解決を掲げているが、アマゾンが唯一の解決法として示した直取引(e託取引)への勧誘こそが、アマゾンのねらいであることは明らかだろう。「バックオーダー」の発注を停止すれば、アマゾンにとって、当面、読者の注文に応えられない商品が増えることになる。それを押しても強行したことから、アマゾンの、ここで一気に直取引を増やすという強い意思が感じられる。

 取次店を経由しないアマゾンとのe託取引は、各出版社が取次店と結んでいる再販契約とは何ら関わりのない取り引きとなり、定価販売が守られる保証はない。また、当初示される取引条件が変更されない保証もない。出版協では、再販制擁護の点からも、取引条件面からも、会員各社には慎重な判断を呼びかけてきた。

 会員社に適切な判断材料を提供するために、日販との情報交換は不可欠だった。この問題は、日販側もネット営業部が出版社への情報公開に積極的だった。出版社側に不安が広がれば、アマゾンと出版社の直取引(取次はずし)が拡大する可能性があることもそうさせた理由のひとつだろう。アマゾンの通告以後、日販ネット営業部とは、日販の倉庫統合問題、統合後の王子在庫問題などについて、さまざまな形での情報の交換を行い、ロングテール商品の販売に関して、取次在庫の多品種化を図り、アマゾンのみならず他の書店からの注文に対しても対応できる(つまり「バックオーダー」にさせない)商品を増やす体制づくりを進めていることなどを、会員社に発信することができた。

 今後も取次各社とは、情報交換・意見交換の機会を増やしていきたい。特に、アマゾンとの直取引の問題は、既存の取次の版元ごとの取引格差の問題とも関わっている。新規版元、また低正味版元への取引格差を是正していかなければ、アマゾンとの直取引が見かけ上、魅力をもってしまうことになる。この点は引き続き取次各社に是正を求めていきたい。

 ——と、昨年の問題を振り返って、3月7日に開催した出版協の定時総会の報告にしようと考えていたのだが、総会直後、取次に大きな動きがあることを知った。

 取次4社が物流費高騰を理由に出版社への追加負担の要請を開始したことが報道されたのだ(3月9日付「日本経済新聞」)。すでに2月段階から、取引額の大きい大手・中堅版元から交渉が始まっているという。3月19日付「文化通信」は、トップで「出版社に条件変更求める」として日販・平林彰社長へのインタビュー記事を大きく掲載した。

 雑誌の落ち込みと輸送経費の高騰、書籍の構造的な赤字などが理由とされ、「書籍の流通モデルを確立し、そこに雑誌の流通が載る」(平岩社長)と、雑誌流通に依存してきた物流体制の転換を目指すことが示され、そのために出版社に、正味引き下げを含む負担を要請するとされている。

 出版をめぐる状況が引き続き厳しいことは言うまでもない。1996 年の2 兆6,564 億円をピークに、減少を続ける紙の書籍・雑誌の推定販売金額は2017年は1兆3,701億円にまで減少した(出版科学研究所の調べ)。特に雑誌は、1996年の1兆5,633億円から、2016年の7,339億円へと急速な落ち込みだ。こうした長期の落ち込みの中で、2015年には栗田出版販売の民事再生、2016年には太洋社の自己破産と中堅取次店の破綻が続いた。いうまでもなく出版社数、書店数の減少も歯止めがかかっていない。

 何らかの変化が求められていることは間違いない。しかし、正味問題に踏み込むという今回の取次の提起は、今後の出版界の構造の根幹にかかわる大きな問題だ。根本的なビジョンとして、全体の取引の格差を解消する方向が明確に示されなければ、もともと低正味や支払保留など条件面で不利な状態にある中小出版社の理解は得られるはずもない。条件変更は最終的に個別交渉であることは言うまでもないが、提案は業界全体に関わるものであり、まず出版各社が検討できる論拠と全体像を示して、広く納得を得る努力をすべきだ。取次には、提起の根拠について充分な説明を求めたい。一方的に期限を区切って、強引に交渉を進めるようなことがあってはならない。

 それにしても複数の取次と同時進行で交渉を行うのは、ただでさえ交渉力の乏しい中小出版社には負担が大きい。今回の取次の足並みをそろえた交渉開始は、独占禁止法上、問題はないのだろうか。

 取次の交渉は取引額の大きい大手・中堅出版各社から始まっているとのことで、出版協に加盟する中小出版社のほとんどには現在のところ取次からの連絡はないようだが、条件面で不利な中小出版社が、個別交渉の下で更なる過重な負担を強いられ、取引格差が拡大するようなことがないよう、状況を把握し、的確に情報発信していきたい。

出版協会長 水野 久(晩成書房

 

2018年3月 9日 (金)

「取次外し」への違和感

 良くも悪くもアマゾンの動向が業界の話題をさらうようになってからもう何年も経ってしまっているが、今回もアマゾンの話題である。

 

 2018年2月15日の毎日新聞・朝刊に「印刷工場から本を直接調達[アマゾンが「取次外し」]」という記事が掲載された。

 その要旨は

1)バックオーダー中止で一部の商品だけでも直接取引する出版社が2017年中に660社増えて計約2300社に上った。

2)「アマゾン限定本」の扱いを始めた。

3)品切れ・絶版本を数百部単位で印刷会社から直接納品してもらうようにする。

といったところであろうか。

いずれも取引・物流に取次が介在しない点で「取次外し」ということになるのだろうが、会長の水野もコメントを寄せているとおり「中小出版社にとっては、すぐに関係する話とは受け止めていない」だろう。

 

 1)については、残念ながら新規に設立する出版社にとって現行の取次店の取引条件を考えると魅力的に見える。支払サイトだけでも資金繰りはかなり楽になる可能性がある。しかし、既存の出版社にとって初期の取引条件が圧倒的に良好というわけではない上、その条件が維持されるのか否かが不明瞭のため、全面的に直接取引に移行することは、考え難い。出版社側の管理の手間を考えるとトータルで有利な条件かということも再確認する必要があるため、会員各社には慌てないようにとお知らせしてある。

 また、アマゾンは「顧客のため」というのであろうが、その最大の武器であるはずの「ロングテール」商品は、「はやく」ではなく「入手できるか」に大きな意味があるはずだが、場合によってはアマゾンから入手できないという事態になりえることが容易に想像がつきそうなのだが、理解に苦しむところだ。

 加えて、出版協は、以前と比べ、日販のネット営業部と密に情報交換を行っていて、情報不足による不安に駆られる状態ではない。

 どちらにしても取次を回避して直接取引をしなければならない大きな動機には結びつかないだろう。

 

2)に関しては、CDの新作発売時には、比較的普通にとられている販売政策の亜流にもみえる。

昨今(特にアイドル関係の)CDが発売される際には、初回限定版を何種類かと通常版を用意した上、販売店によって種類の違う特典を付けることは、常態であって、それがアイドルの書籍に応用されたということであろう。

むしろ、CDと違って(シュリンク?)ラップ(に加えてスリップも?)が必須ではない書籍で「オリジナルカバー」と「生写真」の特典で、本文部分が共通であれば、大きな手間や、リスクがあるわけではないので、今までなかったことの方が不思議なほどである。

 

 3)については、印刷会社として名前があがっている2社と、想定されている増刷部数から、あまりリアリティがない。

 今後はわからないが、出版協の多くの社は、名前の挙がっている印刷会社2社には、こちらが取引を希望しても与信を盾に相手にしてもらえなかったこともあったはずで、取引先として入っている可能性は少なく、入っていてもメインではない上、この「増刷想定部数300から500部」というところから、いわゆるPODなどの技術を使った「小ロット印刷」によるものと推察されるが、増刷500部になれば通常方式で印刷したものと原価の点では大きな差は出てこなくなるはずで、わざわざ新規取引を始めて、アマゾンのためだけに商品をそろえることは考えにくい。

 また、何らかの理由で印刷所から直接書店に書籍を運び入れることがあったとしても、取引上は取次店経由になるはずだ。

 アマゾン側は「私たちは閲覧数のデータを持っている」というが、過去に人間の判断による発注ならば、まず慎重になるであろう大量発注をした上、返品の申し入れをしてきたことのあるところのデータをみたところで、どれだけの説得力と販売力をもつのかは甚だ疑わしいと考え、返品に備えるのが普通であろう。

 

 2月1日の文藝春秋に関する日経新聞の記事にしても、今回のアマゾンの発表にしてもなんともいえない違和感がある。

 直接取引が利益率を上げるのに大きな効果があるから、誘導したいのであろう。であれば、なぜ「直接取引以外は扱わない」と宣言しないのであろうか。

 「バックオーダー中止」を宣言したものの、取次の商品調達力には当面かなわず、失策を糊塗するために一生懸命「取次外し」という、気分だけの既成事実を積み重ねようとしていると思うのは、穿ち過ぎだろうか。

出版協理事 廣嶋武人(ぺりかん社

2018年1月26日 (金)

デジタルメディアと出版宣伝・広報との親和性

2018年が始まりました。昨年の雑感としては、アマゾン・バックオーダー発注停止や、取次流通の疲弊から来る発売日調整、雑誌・コミック売上の大幅減といった、業界の制度疲労が目立つ出来事が多かったように思います。雑誌・書籍の売上が、ピーク時1996年の約半分となり、量のメリットが失われつつある今、最終的には卸正味の話になってくるのかもしれません。欧米では書店マージンが定価の4割程度と、文具・雑貨と変わらない水準に対し、日本は2割程度。書籍は、商品としての魅力があっても商売にならない、と判断する小売店もあるでしょう。簡単なことではありませんが、たとえば「もしすべての版元が卸正味を10%下げて、定価を20%上げたら?」といった、「if」の話から、議論すべき時期なのかもしれません。

 ◇SNSの普及が意味するもの

さて、このような状況が生まれた最大の理由は、インターネットとスマホの普及によるデジタルメディアの台頭と、さらにこの10年間でSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)が普及したことにあると考えています。TV・新聞・出版物といった従来のメディアに加え、ネット上のメディアが可処分時間の対象として増えたことで、相対的に従来メディアに割ける時間は減った、ということです。この影響で、マスメディア上の広告も、以前のようには効かなくなりました。

一方で、こうしたデジタルのインフラ普及は、「書籍の出版社」にとってはチャンスをもたらしています。従来のマスメディアが「できるだけ多くの人を対象として」編集した情報を、読者が「受動的に」受け取るのに対し、SNSでは「個人が自分の興味のある話題を」、「能動的に編集する」ためです。もともとニッチをターゲットとした「書籍」が扱うテーマは、SNSと親和性が高いのです。弊社のような小規模出版社の読者は、数千人からせいぜい数万人。ミリオンセラーは狙っておりません。ですからこの数千人、数万人の、本を届けるべき方たちに、確実に情報を届けることが大切です。マス広告は必須ではありません。書店では、ご年配の方が新聞の切り抜きをお持ちになるのに対し、若い方はスマホを片手に「この本ないですか?」と問い合わせするケースが増えているそうです。また、書店員さんご自身も、版元の新刊情報をTwitterなどのSNSで知る機会が増えています。

201711月現在、日本国内のTwitterユーザー数は4000万人、Facebookユーザー数は2800万人。これだけの「情報を自分で取得しにいく」方々がいる無料のインフラ上に、情報提供をしない手はありません。

 ◇「はじめてのSNS」研修会の実施

以上のような背景に加え、出版協会員社の半数以上がSNSを利用していない実態から、今年119日、出版協会員社向けに、「はじめてのSNS」という研修会を実施しました。Twitterを題材に、どんな記事を読者は必要としているのか、どうすればフォロワーが増えるのか、どう拡散されるのか、といった基礎的な内容です。本研修会に参加された会員社の中で、新たに梓出版社さん、青灯社さん、知泉書館さんがTwitterアカウントを開設されたようです。

◇デジタルメディアへの情報提供

また、自社でSNSを運用する以外に、「自社と親和性の高いデジタルメディアに情報提供する」ことも、デジタル時代の恩恵を受けられる方法です。現在、実に多くのデジタルメディアが存在します。

たとえば、日本最大の検索サイト「Yahoo! JAPAN」では日々ニュースがアップされていますが、これらの記事は外部のニュースサイトから記事の提供を受けています。いずれかの記事をクリックし、表示された画面の右下を見てみると「ニュース提供社」という小さなリンクがあります。ここで、エンタメからカルチャー、経済、地域など、膨大な数のデジタルメディアを確認できます。これらのメディアはニッチな読者とつながっているうえ、フレッシュな情報を常に求めており、外部からの記事提供を歓迎しています。これら提供社以外にも、ネット上には各版元の出版物と親和性の高いメディアもきっとあるはずです。

こうしたメディアに新刊プレスリリースなどで情報提供をすると、記事化してくれる可能性があります。もし記事化された場合は、自社のSNSでも拡散を試みましょう。弊社の経験上、新刊にはニュース性があります。新刊には、時代の関心が反映されているからなのだと思います。またネット上の記事のメリットは、新聞・雑誌と異なり、日本中の人々が容易に目に触れられる機会を、長い間提供します。ネット上の看板のようなものです。小さなメディアでも、紙媒体など別のメディアの記者が目にして、さらに記事化されることもあります。

このように、時代が変わったからこそできるようになったことがあります。業界に暗いニュースが蔓延しているように見えますが、明るいニュースは自分たちで作れるものではないでしょうか。新年を迎え、何か新しいことを始めるにはよい機会です。ぜひみなさんもデジタルメディアを活用してみてください。

出版協理事 三芳寛要(パイインターナショナル

2017年12月27日 (水)

年末雑感

 本年もあとわずか。会員社にとって明るい話題は余りなさそうである。取次の半期の決算をみても、出版界そのものの低落傾向に歯止めがかかってはいない。
 そうした中、とりわけ話題になったのがアマゾンのバックオーダー中止である。突然で事情もわからず、どういった事態が起きるのかも分からず不安になった版元も多かったのではないか。小社も同様であった。まず、そもそもバックオーダーなるものが、いかなるものかさえ、分かっていなかった。ようは日販Web在庫等で調達できなかった商品を、アマゾンが直接発注を出すことをやめる、ということである。今まで、ともかくあらゆる商品を揃えて販売する、ロングテールの商品があるのが強み、といっていたはずなのだが、突然の方針転換である。
 と同時に各版元に対して、アマゾンとの直接取引を促す案内が頻繁にくるようになった。直接商品を入れれば、取次ルートに頼らず速く、しかもアマゾンの在庫が切れることがないから、販売機会を失うことがないという。日販Web在庫をメインに、取次からの取り寄せでは間に合わないということだが、アマゾン自身の倉庫に事前に仕入れて揃えておくという気はないわけである。
 小社はアマゾンとの直取引には応じなかった。一つには、正味を含む取引条件が折り合わないからである。しかもこれまで、洩れ伝えられる所では、1年契約であり、当初結んだ契約条件が、いつどう変更になるかは分からないからある。これでは安心して取引をできるはずがない。が、それにもまして、アマゾンのこれまでの版元に対する接し方がとても信頼できるものではないからだ。まず、担当者の顔がまったく見えない。返品も一方的に部署名だけで、責任者・担当者名の記入もなくメールで送ってくるだけである。注文部数にしても、需要予測にもとづいて自動発注しているのだろうが、その担当者・発注者など全く不明である。クレームの受付はメールだけである。小社商品についての過大なポイントサービスを中止して欲しい旨等、全く無視されている。これで信頼関係を構築するというのは無理があろう等々である。
 とはいっても、売上規模から会員社も含め不安が広がり、日販にどうなっているかを説明して欲しいと申し入れた所、快く応じてくれた(これは、快挙だ)。2月には、今一度、出版社に対し、倉庫統合後の王子在庫の状況なども含め講演をしてくれることになっている。これまで日販(その他の取次も)と出版協は対立することもあった。とはいってもどちらがなくとも成り立たない関係ではある。今後とも情報を交換し、お互いの要望を話し合っていければと思う。そして、2月の講演に先だって、11月24日に出版協理事と日販ネット事業部との情報交換会が行われた。版元がどのような情報欲しいのかを確認していただくため、また日販側の取り組みがどのようなものであるかなどの説明をうかがい、互いに意見を交換した。
 以前の情報交換会ですでにおおよそ伝えられていたが、倉庫の移転は、12月3日に完了予定であり、ネット書店に対応するために、ロングテール商品の在庫を充実させる。と同時に、リアル書店にも日販の在庫をNOCS等を通じて可視化し、客注に迅速に対応できる態勢をつくっていく。新刊等動きの大きい商品は、ネット書店の需要予測をこれまで以上に精緻化し、ネット書店からのオーダーに応える態勢の構築をはかっている、とのことである。もちろんネット書店側の協力も必要になってくるであろう。また版元も自社在庫の情報、とりわけ品切れ情報や、重版出来予定等を取次に的確に伝えていく必要がある。これは、ネット書店ばかりでなく、リアル書店が日販在庫を把握して客注に対応するためにも必要である。
 街の書店がなくなっていく中、規模が小さくとも、すぐに客注に対応できることで、お客さんの信頼を得ていってもらえるようにすることは、版元・取次にとって非常に重要な課題である。とはいえ、会員社にとって、在庫情報の更新を発信していくための、時間、労力等、なかなか難しいことも事実である。どう対応していくかは、今後の課題であろう。
 また、近刊・新刊情報は、JPO出版情報登録センターに早めに登録すれば、それを利用したサイト等で、書店さらに直接読者まで情報が届くようになってきた。ネット・リアル書店を問わず活用されていく。数年前とはまったく違う情報の流れができているので積極的に利用していくことが必要だろう。
 すでにほぼ語られたことを繰り返し述べたにすぎないが、年末に改めて確認した次第である。
 若手といわれた自身がすでに還暦となってしまった。世情もろくでもない話ばかりで、加えて生活保護の食費等の生活扶助について、政府は3年間で160億円程度減らすことを決めた。F-35戦闘機が1機150億円であるとのことなのに。どうも声を出せる所が、メディアでは出版社ぐらいになってしまったようである。暗闇のなかでこそ希望はみえてくるのではないか、と思いつつ、新しい年を微かな期待をもって迎えたい。
 会員社のみなさん、よいお年をお迎え下さい。
出版協理事 石田俊二(三元社

2017年12月 4日 (月)

私・今・そして/あるいは紙々の黄昏

 この「季節」がやってきた。ここ数年、弊社(彩流社)では、一橋大学大学院言語社会研究科の院生をインターンとして迎えている。とはいえ、当初はこちらの意気込みもあって、複数の院生を迎え、「出版」にかかわる全般を、それぞれの分野の方々に直接お会いしてレクチャーを受けるという形で、差配人である愚生は奔走してきたのだが、あれやこれやの業務も増え、また寄る年波、肉体的精神的な疲弊が急激にすすんだこともあって、今年はひとりのみ(修士1年・S氏)の迎え入れとなった。
 とはいうものの、せんだって手にした冊子を読んでいたら、次のような文言が目に入ってきた。出版界の先輩、山本光久氏のことばである。「昨今、いわゆる〈人文知〉のみならず広く大学教育一般、いやむしろ教育全般に関して、近視眼的・成果主義的な抑圧政策が強まっていることは誰もが感じていることだろう。直近では、〈大学の専門学校化〉なる〈改革案〉(?)までもが飛び出した。有体に言って、これは常軌を逸した文言である。何を馬鹿な。その一方では、〈ノーベル賞〉的なるものへのあられもない垂涎ぶりがあり、無論これらは表裏一体で、とりわけ若い研究者たちの無用な足枷ともなっている(多くの文学者たちにとって優れた教育者でもあったエズラ・パウンドの口真似をすれば、〈教育機関〉ではなくて〈教育阻害機関〉ということ)。しかし、ここで現政権が、そもそも大学教育の何たるかを全く理解していないなどと今更のように慨嘆してみせても始まるまい。要は、文系・理系を通底する認識の〈筋力〉をいかに鍛えるかが常に問題になるはずだ」(「埋め草的に…」『ガラガラへび』228号・2017年11月、ぱる出版)。
 これまでも、著者・訳者とのお付き合いのなかで、学生の「学力」の低減についての話題を仄聞することが多かったが、この出版不況のなか、なにはともあれ意欲ある学生にはできるかぎり、われわれ出版界の者は「応えていくしかない」のだと奮起を促されたのだった。
 というわけでこの勢いをかって、まずは代表的な「ひとり版元」の下平尾直氏にお会いし、お話を伺った。氏は「出版」にまつわることを大所高所から、さらには微に入り細を穿って、いつにもまして熱く語ってくれた。要諦はコレだ。「なぜ本に惹かれるのか……。簡単なことだ。本には思想があるからさ。本にはなにがしかの思想が書かれている、という意味じゃない。本というものそのものが一個の思想なんだ。きみたちの好きなカネに思想があるように、本にも思想がある。どういう思想かって? 本はひとを幸福にする。本は、執筆者や読者だけでなく、それをつくるひと売るひと流通させるひとなど、それに関わるひとすべてを幸福にするんだ。たとえそれがエロやグロやゴミみたいな政治家や芸能人のゴシップであったとしても、本を媒介にすることによって、ひとは幸せになり、豊かになる。本さえあればカネなんかなくても生きていける。いや、そんなにカネがほしいなら、カネを生み出すことだってできるだろう。だからおれの夢はこの国を、いや、国なんかいらない、この世界を、花やカネやジヒギトリの代わりに本で埋め尽くすことなんだ。それが思想なのさ。あの棚やこの棚にあるすべての本を、ほら、きみの部屋の本棚へ!」(「ページの奴隷、編集者!」『大学出版』112号・2017年秋、大学出版部協会)。嗚呼、むべなるかな。
 そして次はハードルが高い、「紙・印刷・製本」についてのレクチャーである。差配人としては、すでに「年末進行」的繁忙期を意識せざるをえず、普段からお付き合いをいただいている明和印刷・田林明良氏に、印刷・製本に関しての工場見学およびレクチャーを思い切って依頼してみたところ、快諾を得た。ありがたい。「印刷することと出版することは、もはや同義ではない。デジタル・パブリッシングの時代にあっては、両者は異なるものである。また、〈プリントアウトされたもの〉と、〈印刷されたもの〉が肩を並べるようになる。我々はアナログ紙の上に書き、書かれたものを読む。また我々は、電子ペーパーの上に書き、書かれたものを読む。(ポール・)ヴァレリーの細菌には、まだまだやるべきことがたくさん残っている。これから当分のあいだ、我々は依然として紙の時代に生き続けるのである」(ローター・ミュラー『メディアとしての紙の文化史』三谷武司訳、東洋書林)と、愚生のあたまのなかで鳴り響いていた。感謝多謝であった。
 ことほどさように、われわれは、著者・訳者をはじめ、多くの方々のお力添え、協力なしに「本」をかたちにすることなどできない。さらにいえば、「本」をダシにして多くの方々との「つながり」を追求しているといってもいいのかもしれない。
 出版協主催の勉強会でこれまで何度か講師を務めていただいたブックデザイナー・鈴木一誌氏は、著書で次のように記している。「あらゆる書物は、他の書物と引用や参照の関係をもっている。周囲から孤絶した本は、読まれ得ない。一巻の書物という単位すら、仮の仕切りなのかもしれない。デザインは終われない」(『ブックデザイナー鈴木一誌の生活と意見』誠文堂新光社)。 
 まさに拳拳服膺、以て瞑すべし。
出版協理事 河野和憲(彩流社

2017年11月 6日 (月)

出版協ブックフェス開催しました

 9月9日(土曜日)、「第0回 出版協ブックフェス」を、東京の千代田区「在日本韓国YMCAアジア青少年センター」で開催しました(朝10時~18時まで)。
 出版協として開催した初めての「ブックフェア」でした。当日は爽やかな秋晴れで、来客萬来ならば言うことなしで楽しい年末が迎えられるはずでしたが、なかなか期待通りに行かないのも、世の常でしょうか。
 以下、反省点も含め今後のために報告いたします。
●出展社 あけび書房、凱風社、解放出版社、海鳴社、共和国、現代書館、現代人文社、合同出版、こぶし書房、コモンズ、彩流社、三一書房、三元社、自然食通信社、社会評論社、不知火書房、新宿書房、新泉社、知泉書館、筑波書房、南方新社、パイインターナショナル、晩成書房、批評社、ぺりかん社、木犀社、唯学書房、リベルタ出版、緑風出版 
計29社。
●売上 全社総額 約40万円弱
●メディア掲載実績 事前掲載・新文化、図書新聞、週刊読書人、毎日新聞朝刊、東京新聞朝刊
●その他事前告知手段 ポスター掲示・東京堂書店神保町店、千駄木往来堂書店、千代田区図書館 ならびにTwitter
 参加された出版社から以下の三点のご意見を頂きました。
①集客・売上が少なすぎた。その原因として、告知不足、場所が悪い、出版協の単独開催であったのも客を呼べなかった一つの要素かもしれない。
②合計3回あった、トークイベントが販売の妨げとなっていたのではないか(ブックフェスの会場とイベント会場が同じ所で、トークを聞くために集まった来場者が会場の中央の席に座ってしまった。そのため、トークがいったん始まったら終わるまで、会場内を回って展示してある本を眺めるということがまったくできない雰囲気となってしまった)。また、トークイベントの内容も一般読者向きというよりは業界・関係者向けではなかったのか?
③定価販売だけでなく、もっとこの日だけの値下げ販売も検討してよかったのではないか? 等々。
・開催会場に関しては、古くからの本屋街である神保町にも近く、必ずしも不利な条件とはいえないのではないか(会場を1日借りる経費も、都内の他の会場と比較すると格段に安かったのです)。
・トークイベントに関しては、反省すべき点が多かったと思います。イベントの内容はまだまだ考える余地はあったと考えます。トークイベントの設営はブックフェスの会場中央に椅子を配置したことで、お客様が通路を回遊できなくなりました。イベント用に会議室を別に借りるなどすべきでした。
・値下げ販売に関しては、出版協が主催する以上、定価販売以外の案は考えられませんが、B本や、ヤレ本についてはその旨、明記の上で販売可、と事前説明会の際に各社へ伝えています。
 イベント運営では様々な問題点・反省点がありますが、やはり最大の問題点で課題なのは「集客」問題です。来場者アンケートによると、今回のフェスを知るきっかけとして一番多かったのはTwitter(56%)でした。そのほかは口コミ、知人の紹介が多く、意外にもマスメディアや書店告知経由での認知はゼロでした。 
 今回の「ブックフェス、イベントに行ってみよう」という要因として、一番多かったのはSNS(Twitter)。これは、新刊・既刊の告知にも有効です。このSNSへの取組を大きな課題として考えていこうと提案します(参加社のうち半数はSNSを実施していないことに鑑み、まずはSNSとは何かからの勉強会を開催していく予定です)。
 また、告知の方法としてインターネットのみならず、神保町界隈の書店さんでチラシを配布する方法なども考えられました。これについては、各版元の協力が必要です。さらに、出品書籍のジャンルによりマニアに告知する方法も必要で、そうした告知方法も検討すべきだと思います。マスメディア経由の認知ゼロはショックですが、良い方法があれば出し合いましょう。
 次回の開催は現段階では決定してはいませんが、「これにめげず、壁をぶち破って次回も開催したら」という心強い声援も頂いております。知恵を振り絞って、頑張っていきましょう。
出版協理事 金岩宏二(現代書館

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