ほんのひとこと

2017年10月 6日 (金)

遺品が語る沖縄戦

「空気なんか、読まなくていいじゃない。ほんを読もうよ。」のキャッチフレーズの下、第0回出版協ブックフェスを9月9日に東京の神保町近くで行いました。関係各位の皆さま、またご来場くださった方々に感謝の言葉を申し上げます。
 今年の夏はこうしたイベントをはじめ、いくつかのトーク会、フィールドワークや展示会に参加しました。その中で今回の「遺品が語る沖縄戦」の展示を見る機会をえました。場所は大阪市内のさるお寺の中で実施され、この後、ほかの地域でも開催の予定ということです。
 沖縄は、1945年3月、先の太平洋戦争でご存知のように日本で地上戦が行われた唯一の地です。その沖縄で、各地の壕に入りながらたった一人で沖縄戦の遺骨・遺品を収集されてこられた国吉勇さんがおられます。その方は老齢のため、2016年3月に収集をやめ、ご自身が造られた戦争資料館で約12万点の遺品を展示し、来館者に自ら説明されているそうです。
 展示会は、この遺品を保存・継承することと、収集の活動を全国に向けて発信することで、沖縄戦の凄惨さを全国で共有し、これからの平和について議論する場を創出することをめざした若者たちが、開催しました。
 今回の展示は、沖縄にある戦争資料館から53点を選んで運んでこられたものです。70年以上も経っているモノばかりですので、輸送や収納の作業など大変だったとのことです。すべて当時の「現物」であるため、見る側では直接に手で触れたり、持ちたくなる方もいます。そのときは主催の方々が瞬時に、そしてやさしく注意をしています。53点の内訳は「住民の生活用品」が11点、「壕を支えた道具」6点、「日本軍の武器」10点、「医療を支えた道具」14点、「日本兵の持ち物」12点でした。
 どれも年数物ですが、カタチはそれなりに分かるモノばかりでした。それらが見つかった場所やその状態の説明文を読み、また話を聞きながら、「現物」から受けた私の衝撃や感想を文章で伝えるのはなかなか難しいことですが、以下、数点について、その紹介をさせていただきたいと思います(以下の文章で「 」は各々の遺留品の説明書からの引用です)。
 糸満喜屋武陣地壕で収容の万年筆(住民の生活用品)は「余暇時間に壕で手紙を書くのに使ったもの。多く出土する遺品の一つで、…戦争資料館にも200本以上収容されている。当時、万年筆にフルネームを彫り込む習慣があったため、遺族に返還できることも多い。」
 糸満大里陣地壕で収容の工作用のドリルの刃(壕を支えた道具)は「壕を掘るときの工作(例えば壕に電気を通すために壁に穴を開けるとき)に使われた。ドリルの刃が収容されたのはこの1点だけ」とのことです。
 真玉嶽陣地壕で収容の陶器製手榴弾<残骸>(日本軍の武器)は「鉄不足のため、沖縄の伝統産業である陶器で作らせた手榴弾。投げにくく、殺傷能力も金属製には劣った。」
 曲がった注射器(医療を支えた道具)。糸満新垣病院壕で収容。「ガラス製だが、火炎放射器で焼かれたために変形した。当時の壕の温度は1300度に達したと推測される。」
 杯(日本兵の持ち物)。白梅の塔の壕で収容。「銅製、切り込み隊が切り込みを行う前に、酒を飲み交わしたときに使われたと思われる。追い詰められて人が結集した場所などでまれに発見されることがある。」
 一式固定重機関砲<残骸>。「収容されたそのままの形を復元したもの。激戦地の壕のヘドロの中から出土した。重機関砲は1点しか収容されておらず、大変貴重である。重機関砲は、当初戦闘機の零戦に付けられていたものであったが、地上戦が激化したとき零戦から外して地上戦で使われたこともあった。今回は展示していないが、この銃と共に三脚が出土したため、地上戦で使われた可能性が高い。」展示者の話によると、地上戦では3分位しか続けて撃てないとのことです。熱を持ちすぎて支障が出るため、休んで冷やさなければならないとのことでした。あの零戦で使うなら風圧で冷却されるため休む必要はないとのこと、まさに飛行機で使用するための武器としてつくられたものです。
 今の沖縄における基地問題などを考えるうえでも貴重な機会であり、とても感慨深い時が過ごせました。
出版協理事 髙野政司(解放出版社

2017年8月30日 (水)

アマゾン号が砲撃を開始した

欠品率の成績表
 去る8月9日、アマゾンから「貴社欠品状況と日販引当率」(先週1週間)をお知らせします、というメールがデータ添付で送られてきた。1週間前にも同様の成績表が来ている。「6月30日をもって、日販様、大阪屋栗田様へのバックオーダー発注を停止しており(中略)貴社に在庫があるにも関わらずamazon.co.jpで在庫切れとなっている状態を防ぎ、(中略)お客様に商品をお届けできる状態を作るための参考」との前口上付きだ。 
 このデータによると、先週1週間の欠品率:20. 9%――1万回の閲覧があったとすると、2090回は欠品状態になっていたというのである。 
 欠品状態では、「在庫あり」表記と比較すると、購買率が大きく低下するとコメントしている。
 
発注冊数、銘柄点数、引当数 
 この3点についてもデータが送られてきた。日販にスタンダード発注した総冊数の内、引き当てられた冊数は、16.5%だとされていた。アマゾンは日販に対して適切な在庫数をデータ開示しているという。
 
カート落ちとマーケットプレイス 
 カート落ち商品(買い物かごがなくなり注文不能になる)になると、アマゾンでは買えないことになる。もちろん、マーケットプレイスという第二市場が設けられているが、新刊発売後4週間でカート落ちして、マーケットプレイスで本体1500円の本が4800円で出品されていたという版元の話を聞いた。
   これはならじとこの版元は、マーケットプレイスに自社から1500円で新刊在庫を出品したという。
  北海道から翌日にはカニが届く時代。本を欲しい方の手元に遅滞なく届けられるように、日販―大阪屋栗田―アマゾンの間で不断のシステム改善を実行してほしい。日販さんの倉庫統合、ロングテール在庫充実の効果に注目している。
 
最恵国待遇と独禁法違反 
  アマゾンは「カート落ちや欠品状態の解消にはe託販売サービスのご利用」を勧誘している。e託を利用すると版元はアマゾンと直接やり取りすることが可能になるという。そう言えば6月末日までに直取引をすると契約条件を優遇するというお誘いもあった。
   一方で、6月にはアマゾンが「最恵国待遇」条項を取引先に求めていたことで、公取が独禁止法違反の疑いがあるとした。「俺との取引はもっとも安い価格でないとだめだぞ」という「最安値条項」は、優越的地位乱用の最たるものだろう。8月にもアマゾンは電子書籍での「最恵国待遇」契約の存在を認めてこの条項の破棄を発表した。
   「同等性条件」とも強弁していたそうだが、契約書にこの文言が入れば、納品業者はたまったものではないだろう。一番安くなければ、契約違反で取引を停止をほのめかされるだろう。
   契約書からこの文言がなくなったからと言って、アマゾン本社のビジネスマインドは変わるのだろうか。
  年間契約で、実績で契約条件見直しをし、あまつさえ契約の実質的な決定者が「会社」ではなく、部局の責任者に任されていて、その責任者も年俸で評価されているとしたら、取引するこちらとしては、「共生」の心根がない責任者に変わったらと戦々恐々である。
 
アマゾンは再販制を守るか 
    「一番安く仕入れて、どこよりも早くお客様に届ける」。後半は良い。前半を実現するには、つねにデータ評価で取引先との条件を「最適」なものにしていく。
   このビジネスマインドが基本だとすると、本の価格維持を担保している再販制をアマゾンは尊重するのか。
   一強、できれば独占ならなお結構、版元とアマゾンが直取引をするなら、取次はいらなくなる。書店はかろうじて街の新刊書籍・雑誌の見本展示コーナーになる。展示コーナーの機能だけでは、文化・学術施設で公営にするか、入場料経営になるだろう。
   これは、ある熱帯夜の明け方、悪夢にうなされた。
   「昔、出版界には取次があって、街々にあった書店では本が買えたのだ」 
   「4500社ほどの出版社があったが、今は、300社程度かな。それでも大したもので、『カント純粋理性の思索』という本が500部も売れるから、捨てたもんでもない……」 
 大変貌した出版界の未来図である。
 
出版社に求められるもの?
   カスケード発注、スタンダード発注、在庫ステータスなどなど、さまざまな新用語が飛び交う。ほとんど、営業部でもフォローできていない。
  学習と情報交換、出版社サイドからの読者・書店・取次・著者との関係再構築が必要になっている。とりあえずのスタートに、出版社間の情報交換から進めたいものである。(2017.8.28)
出版協副会長 上野良治(合同出版

2017年8月 4日 (金)

<著作権法違反の共謀罪>の悪夢

 7月31日、警視庁組織対策部は、新宿区四谷2丁目所在の出版社、株式会社きょうぼう社の社長四谷ごうい(68)と、同社員三谷じゅんび(45)を著作権法違反の共謀の容疑で逮捕した。同社を家宅捜索するとともに、社長宅、関連出版プロダクション、印刷所など関係個所を家宅捜索した。2人は、共謀して、著作権者が不明な写真など十数点を、十分に調査もせず、あとで著作権者が申し出た場合に対処すればいいとして、無断で書籍に掲載し、出版しようと企てたものである。さらに、同対策部は、同社は資金面で暴力団との関係があるとみて、同社長と暴力団との関係を追及するとみられる。昨年7月施行された「共謀罪」での摘発第一号事件である。
 ――まさか、こんな記事が新聞に載ることはないだろうと楽観してはいられない。
 「共謀罪」(「テロ等準備罪」)が、去る6月15日、参議院本会議において、自民党、公明党、日本維新の会などの賛成多数で可決、成立した。早くも7月11日からスピード施行されているからである。まさに、捜査当局がいつでも使える法律になったのである。
 「共謀罪」は、市民の社会生活に大きな影響を与える法律であるが、国会では、迷走する法務大臣の答弁にもみられるように、法律の内容に関する討議は深まることなく、成立した。
 政府は、共謀罪はその適用を組織的犯罪集団に限定しているから〈一般市民、会社が対象になることはない〉といっていたが、成立した法律では、組織性は2人以上であればよく、それに該当するかどうかの判断は警察が決めることができるというものだ(もちろん最終判断は裁判所であるが)。
 また、犯罪の計画(共謀)だけでなく、「凶器を買うお金の用意」「犯行現場の下見」など「準備行為」が必要であるので、濫用の歯止めになるともいっているが、何が準備行為にあたるかを決めるのも警察である。
 共謀罪の対象犯罪は277あるが、この中で、特に出版社として警戒しなければならないのが、著作権法違反である。
 出版社にとって、著作権は多いに関係するところである。
 編集・出版活動の中では、写真、図版、文章などの引用は日常茶飯事のこととしている。もちろん十分に著作権に配慮して編集活動をしているが、グレーゾーンは必ずある。
 そうしたことを、編集活動の中で議論したり、資料を取り寄せたりすることは、立派な「準備行為」にあたる。もちろん「故意」に違反しなければいいのであるが、この故意の認定はいくらでもこじつけることができる。
 警察は、ターゲットにした出版社や編集者に対して、内定捜査をして、編集者の弱みを握って(たとえば、飲み屋にツケがあった場合、それを理由に詐欺容疑として逮捕するぞと脅せばいい)、その人から、「会社の誰々さんと、写真の掲載について検討した」との供述を得るだけで、逮捕令状、捜索差押え令状を裁判所に請求することは可能である。裁判所がチェックしてくれるなどと楽観してはいられない。裁判所での令状却下率は1%にも満たないからである。
 検察は、弁護人から公判で問題にされると思えば、起訴しないという判断もできる。警察ははじめから起訴されることを考えておらず、情報収集の目的で逮捕、捜索をすることもある。
 しかし、出版社にとって、社長や編集者が逮捕され、23日間も拘束されたり(実務では、起訴するまで23日間の拘束は原則。起訴されればさらに拘束が続く)、証拠品だとして会社のパソコンなどが押収された場合、編集活動はストップを余儀なくされ、回復不可能な損害をこうむることになる。
 編集活動がストップするだけでなく、金融関係からは「反社会的勢力」と認定されるおそれさえある。
 出版協の加盟社の多くが、社員は1人か2人であるから、すぐ会社の存続にも直結する事態にならないとも限らない。
 戦時下最大の言論弾圧とされる「横浜事件」は、雑誌に掲載された論文が発端となって、日本共産党再結成の謀議をしたとして治安維持法違反で、編集者、新聞記者など約60人がイモずる式に逮捕された。そのうち約30人が有罪、4人が獄死。現代の治安維持法、共謀罪の発端は、「編集者の会話」であったとなりかねない。
 こうしたことが起こらないことを願うとともに、日頃から共謀罪と著作権法違反との関係についても十分な警戒が必要となる。
出版協副会長 成澤壽信(現代人文社

2017年7月 5日 (水)

アマゾンの「バックオーダー」発注停止をめぐって

 一般紙でも報道されているように、アマゾンの発注方式の変更が大きな話題となっている。これまでアマゾンは、取次店に在庫されていない本(および、取次からの注文に出版社が即応できない本)について、取次店を通した取り寄せ調達を行ってきた(アマゾンの用語で「バックオーダー発注」)。ところが、アマゾンは4月末、突然、この「バックオーダー発注」を6月末をもって終了すると発表。アマゾンから各出版社への通知文書では、取次店に在庫のない、われわれ中小出版社のロングテール商品などは、ことごとくアマゾンでは発注できないことになるように読めるため、出版社間に困惑と不安が広がった。

 アマゾンからの通知では、「バックオーダー発注」の中止による販売機会の損失を抑える方法として「e託販売サービス」など、取次店を通さないアマゾンとの直接取引のみが有効だとされている。アマゾンはこれまでもe託への参加を出版各社に働きかけてきたが、今回の「バックオーダー発注」の中止は、明らかに、直接取引の出版社を一気に増やすことが狙いと思われる。それを裏づけるように、5月以降、アマゾンは活発に出版社向け説明会を開催し、「バックオーダー発注」中止の影響の大きさと、e託への参加を(期間限定の特別条件を示して)強力に働きかけている。


 出版協では、日販と情報交換を行うとともに、6月15日、アマゾンのシステムや直取引に詳しい高島利行氏((株)語研)、工藤秀之氏((株)トランスビュー)らを講師に、この問題をめぐるシンポジウムを開催。この問題への関心の高さを示すように会場は、会員・非会員合わせて80人ほどの参加者で満席となった。

 このシンポジウムを通じて、今回のアマゾンの「バックオーダー発注」中止の主目的は、「e託販売サービス」など、アマゾンとの直接取引への誘導を加速させることであるため、「バックオーダー発注」中止の影響が、現在実際に運用されているより大きいように印象される説明になっていることが示された。同時に、「期間限定」としてアマゾンが示している直接取引の条件は、これまでもキャンペーンの度に示されているものであることも明らかになった。「アマゾンの説明会に参加し、急いで直取引に参加しないと大変なことになると感じてこの会を聞きに来たが、落ち着いて考える機会となった」という参加者の発言が印象的だった。


 アマゾンとの直取引については、これまでも出版協としては、各社に次のような点を考慮して判断するよう呼びかけてきた。

 ひとつは再販制の問題である。言うまでもなく、日本の出版物の再販制は、出版社と取次店(取次店は再販契約のない書店には本を卸さない)、取次と小売書店(書店は定価販売を順守する)という2段階の再販契約で成り立っている。取次店を除いたアマゾンとの直接取引においては、アマゾンと出版社の間で個別の再販契約を結ばない限り、定価販売の保障はない。

 この点についてアマゾンは、再販制を尊重すると謳っているが、e託販売の説明を見る限り、定価販売について明確な記述は見当たらない。実際、学生対象のAmazon Studentサービスでは、再販契約違反とする会員社の申し入れにもかかわらず、10%のポイント付与(値引き)が継続されているのが実情だ。再販契約のもとでさえそうなのに、再販契約のない直取引で定価販売が守れるとは思えず、実際に値引きが行われれば、抗議することさえ不可能となるだろう。同時に、同じ商品を取次店を通しても出荷するとすれば、再販契約の下で販売する小売書店には、全く不利な状況を生むことになるのは明らかだ。

 もうひとつは取引条件だ。アマゾンの示す掛け率は、(良くも悪くも変更の難しい)取次の正味とは違うと認識しておいたほうがいい。取引実績による変更がどのように行われるかは定かではなく、アマゾンから条件引き下げの要求があった場合、個別の、それも中小の出版社がそれに抗する交渉力を発揮できるとは考えにくい。ましてアマゾンへの依存度が高くなっていればなおさらだろう。


 6月末をもってアマゾンの「バックオーダー発注」は予告通り全面停止されたようだ。私の社は、Amazon Studentサービスを再販契約違反として、アマゾンへの出荷を停止しているため、実際の影響は分からないのだが、出版協としては、日販との情報交換を含めて、その影響を注視していくこととなる。

 そして、アマゾンのみへの対応ということでなく、書店・ネット書店からの注文によりよい対応ができる取次在庫のあり方、出版社の在庫情報提供のしかたなどについて、日販との情報交換・協議を進めていく予定である。


出版協会長 水野 久(晩成書房

2017年6月 9日 (金)

前門のアマゾン、後門の取次

 
■不意の挟撃
 連休直前の4月28日、アマゾンジャパン合同会社書籍事業部購買統轄部から、「重要なお知らせ」が届いた。この6月末をもって「日販バックオーダー発注(非在庫商品取り寄せ)」を終了する、というのだ。
 あまりに唐突な「お触れ」に、出版業界は上を下への大騒ぎ。さらに、5月2日の日販の「見解」が、追い討ちをかける。「今回のお申し入れのままでは、出版社の取引の選択が狭められ、対応ができない社が出ることも懸念されます」と。
 真っ先に「対応できなく」なりそうな零細出版者としては、それだけでも戦々恐々なのだが、泣きっ面にハチ、連休が明けると、今度は五軒町方面から、「返品率上昇」を理由に「協議したい」旨の連絡を頂戴することに。この手の申し出は、過去2度も体験しているので、先方が何を言いたいのかは百も承知。要は、取引条件の改定要請なのだが、まかり間違っても改善してくれるといった話ではない。
 ともあれ仕入窓口に出頭。前年度の不本意な「成績表」(データ)を前に、先方の言い分を神妙に聞く。一通りの説明を受けてから、「本日はお話を伺うだけにして、後日、質問状をお出ししますので、文書にてお答えいただいたうえで "協議" に入らせていただきます」と席を辞した。
 
■優越的地位の濫用?
 実は小社、トーハンとの直接取引はここ20年くらいのものなのだが、そのスタート時、「取引をお願いする」という当方の圧倒的に弱い立場ゆえ、不承不承、署名捺印せざるをえなかった「条件書」には、こうあった。返品率と「歩戻し」の率を連動させるというのだ。しかし契約の場で急遽書き込まれたその条項は、いつまでも零細版元を苦しめ続けることになる。
 しかもその文書、取引契約書とは別建てではあるが、本契約と同様の拘束力を持っている。だが、どういうわけか、当方にはその控えも渡さないという、きわめて不明朗なものだった。
 そのようなものが、何年も後になって「返品率上昇」が問題にされたときに持ち出され、そのときに初めて、その控えが、あろうことかFAXで送られてきたのだった。
  ところで、「返品率上昇」を理由に、取次が版元の取引条件の引下げを求めるというのは、「その責任はひとえに版元にあり、版元だけが責を負うべし」との考えのよう。では、その合理的な根拠はいったいどこにあるのか、取次は丁寧に説明しなければならない。
 その点について納得しうる説明ができないのなら、これは独占禁止法に言う「優越的地位の濫用」に限りなく近いと指弾されても仕方あるまい。
 
■色とりどりの差別取引
 翻って、そもそも「歩戻し」とは何なのか? 「注文支払い保留」とは何なのか? そして、それらをもっぱら後発の弱小版元に課すことの正当性は、どこにあるのか? これらの問いかけに取次の説得的な説明がなされたとは、寡聞にして知らない。
 1973年に勃発した「ブック戦争」は、翌74年に「版元出し正味を最低69%、取次マージン8%(8分口銭)」で一応の決着をみたものの、80年代以降、取次店は新規取引版元を中心にこれを68%、67%へと、なし崩し的に切り下げていった。こうして「取次8分口銭」という原則は、いつしか「9分」へ、さらには「10分口銭」へと変えられてしまった。
  しかも、それがもっぱら弱い立場の新規版元に対して進められたことが、今日ある差別取引の基本構造をつくりあげたと言っても過言ではないだろう。創業したての版元が巨大寡占取次相手に条件交渉できる余地など、これっぽちもない。取次店の「優越的地位」は、いささかも揺らぐことがないのだ。
 社会のさまざまな領域で「差別」が問題視され、その「是正」が叫ばれつつある昨今、このような「差別取引」は、もはや時代遅れのものとなっているのではないのか? そして、出版が何より大切にしなければならない「多様性」を奪いかねない「差別取引」は、一刻も早く撤廃しなければならない。
 
■ 熟考に熟考を重ね…
  ここで「ふりだし」に戻ろう。アマゾンである。
 アマゾンが今回、「取次外し」とも言える乱暴な挙に出た背景の一端には、上述のような取次の「差別取引」があることを見逃すわけにはいかない。そのウイークポイントを、みごとに突いてきているからである。
「差別取引」に苦しめられ続ける中小零細版元が、鼻先に差し出された一見好条件とも思える「擬似餌」に目が眩んでしまうのも理解できなくはない。
だが、ちょっと待て。e託契約の前に、よーく心しておかなければならないことを、2つだけ挙げよう。
  まずは、その初期の契約条件がせいぜい1~2年限りのものでしかないこと。先方の間尺に合わなくなれば、いつでも無慈悲に破棄されることを覚悟しておかなければならない。
 そして、くだんの「e託販売サービス規約」第7条には、「甲(アマゾン)は単独の裁量で、乙(出版社)のタイトルの小売価格を決定します」と、白昼堂々「再販制崩し」を宣言していることも、見逃してはなるまい。
 
出版協理事 田悟恒雄(リベルタ出版

2017年5月12日 (金)

イノベーションは人間を幸福にするのか?

                                   出版協理事 村田浩司(唯学書房)
「ロボット社会主義」と編集業務
 私は学生時代(およそ30年ほど前)に、遅ればせながら「軟弱な(?)」学生運動に取り組んでいたが、一緒に活動を行っていた理系某大学の友人が、「ロボット社会主義」なるものを提唱していた。いわく、「科学が進歩して、これまでに人間が担っていた労働をロボットが肩代わりするようになれば、人間は搾取的な労働から解放され、社会主義が実現する」というものだ。「階級闘争もないのに社会主義が実現するんかい?」と、私は反論した記憶があるが、まあいずれにしても、お互いに、20歳前後の粗い議論だったことは否めない。ただ、薄らぼんやりとではあるが、科学技術の革新が、格差の是正や労働環境の改善など、何かしら人類の幸福に貢献するであろうことは、当時の誰しもが夢想していた。
 その後、私たちは90年代中盤以降のIT革命により、仕事の環境やライフスタイルのドラスティックな変化を体験することとなるが、私が中堅出版社の雑誌編集部に就職した90年代初旬はまだ、アナログの最後の時代であった。OA機器といえば、編集部に1台ずつあるワードプロセッサーと、フロアにはファックスとコピー機があるのみ。雑誌の組版は当然活版で、再校以降の修正は、次ページに被害が及ばないように文字を数えながら調整を行うという配慮が必要であった。ダメな著者が再校ゲラを真っ赤にして戻してきてしまうと、印刷所の怖い活版職人のおじさんから電話がかかってきて、こっぴどく叱られたことを覚えている。
 また、雑誌のゲラの著者校正は、当然、持参か郵送で、時間がない場合にのみファックスでの確認が許された。校正の締め切り日前後には、著者校戻りゲラの回収に、著者の勤める大学や自宅を行脚する日々が続いていた。
 その後、数年を待たずに、PCが普及し、Eメールの「添付ファイル」によって、原稿は編集部に居ながらにして入手できるようになった。
 組版も、長年の経験を経た職人の仕事であったものが、2000年代初頭には、MACの低価格化とアプリケーション(QuarkXPress)の普及により、少し訓練を積んだ者が簡単に担えるほどハードルが一気に下がった。いずれにしても、これまで時間と費用をかけて行っていたものが、誰でも簡単に行えるようになったのだ。イノベーションの勝利である。では、「ロボット社会主義」も実現したのだろうか? その答えは「否」である。技術革新は、さらに私たちの労働を増やし、日常の細部に至るまで管理する(される)環境を構築してしまったことは皆さんも体感されているはずだ。
 
「オムニチャネル」の功罪
 さて、前置きはこれくらいにして、今回の本題に入りたい。物流革命と言われている「オムニチャネル」に関してだ。オムニチャネルとは、「実店舗やオンラインストアをはじめとするあらゆる販売チャネルや流通チャネルを統合し、どのような販売チャネルからも同じように商品を購入できる環境を実現すること」である。また、オムニチャネルは、市場優位性を確保すべく、きわめてユーザーフレンドリーに物流を再構築するのも、重要な要素だ。このことを顧客サイドから説明すれば、「欲しいものが」「欲しい時間と」「欲しい場所で」手に入るシステムがオムニチャネルである。
 企業サイドは、顧客の消費を喚起すべく、ビッグデータからあらゆる個人情報を吸い上げ、個々人の嗜好や趣味を精緻に把握し、ITメディアを駆使して、TPOに応じた情報をプッシュ型で提供する。たとえば、通勤の電車の中では、仕事で使える便利グッズやランチの弁当情報などを提供し、簡単な操作さえ行えば、適切な時間と場所にその商品を届けてしまうわけだ。
 アマゾンの「プライム会員」は、まさにこのオムニチャネルの一端を担うサービスとして多くのユーザーに利用されている。「欲しいものが」「欲しい時間と」「欲しい場所で」受け取れるわけだ。居ながらにして、あらゆる欲求を満たしてくれるミラクルワールドである。しかし、これは、ITと物流をマッチングさせた「イノベーション」の勝利なのだろうか。「ロボット社会主義」なのだろうか。
 答えはやはり「否」である。アマゾンの物流を担っていたヤマト運輸は、荷重な残業労働と人材不足を理由に「当日配送」からの撤退を表明した。これと前後して、ヤマト運輸は労基署の是正勧告を受け、ドライバーを含む7万人超の従業員への未払い残業代の支払いを余儀なくされている。
 一方で、アマゾンの物流倉庫においても、非常に過酷な労働が強いられている。詳細な実態は、「Mother Jones」誌の記者、マック・マクリーランド氏のルポ「I was a Warehouse Wage Slave」に詳しい。
 非常に厳しい「ブラック」労働にさらされている労働者は、社会総体から見れば、アマゾンでの「オムニチャネル」のサービスを享受している人々と同じである。タコが自分の足を食う(食うことを強いられている)地獄の中で、資本主義は延命を図っているのだ。
 イノベーションはあくまでもツールに過ぎない。「誰が」「何のために」それを利用しようとしているのか。そこを私たちは見極めねばならない。そして、時として「時代遅れ」であることを選択する勇気も必要なのだ。(2017年5月 55号)

2017年4月 5日 (水)

2016年度の活動から

 去る3月8日に第5回の定時総会を終え、出版協としては6年目、現理事会の体制になって2年目が始まった。

 総会当日にも報告があったが、2016年度の活動の中でも特徴的なものをご紹介したい。

 

 芳林堂書店高田馬場店選択常備伝票切替問題と5者協議

 2016年2月26日に太洋社の大口取引先であった芳林堂書店が自己破産を申請、商号をS企画とし、書店事業を書泉に譲渡することで合意、帳合取次店はトーハンとなり、在庫品は太洋社からトーハンへ売却され書泉に納品という形で引き継がれた。

3月15日に自主廃業を目指していた太洋社が自己破産を申請し、帳合書店の常備品は新規取引の取次店に伝票切替で引き継がれたが、この際、出版社に対して、セット一括搬入分のみが案内されただけで、選択常備品に関しては宙に浮いた状態だった。各出版社はこの状態を解消すべく書店、取次店に働きかけたが、書店・取次店は「買い取った商品」と応じなかった。

この事態に出版協は、太洋社破産管財人・トーハン・書泉に強い抗議ならびに速やかな伝票切替の対応を要請する文書を送付する。

7月に入りトーハンを介して「関係5者協議」の提案がなされた。これを受けて、内外への告知と会員社の状況を調査し集会を開き、会員外を含め8社が参加し、早期の解決を目指すこととした。

8月28日に、太洋社破産管財人、S企画破産管財人、書泉親会社、取次店、出版社の5者による協議が行われ、太洋社破産管財人が譲渡されたとする書籍リストを照合し、該当するものだけが伝票切替の対象とすることになる。

そして10月14日付で伝票切替が実現する。

後に個人会員から自社の常備商品について取次店に対して担当者レベルで要請をしたが解決がつかない旨の相談があり、上記の経緯を知らせるとともに、会社レベルで破産管財人に要請するよう忠告。後日解決に至ったとのこと。

いずれにしても、当然のことを正面から筋を通したほうが禍根を残さずに済むのではないかと感じた出来事であった。

 

 各種イベント、講座の開催

 前年に引き続き、対外的な広報活動の効果も期待し、「ブックデザイン講座」として3回のイベント講座を行った。

 1.「《デザインの種》から編集的デザインへ」(鈴木一誌氏)

 2.「祖父江+コズフ+慎+イッシュ」(祖父江慎氏)

 3.「本づくりと聖書(The Book)」(桂川潤氏)

ブックデザイナーとして第一線で活躍中の諸氏が講師ということもあってか、毎回定員を超える申し込みで、当日も満員という盛況ぶりだった。

 また、参加者も会員外の比率が高かったとのことで、当初の目的であった広報的な役割を果たすことができ、より出版協を身近に感じてくれればと願う。

 次に新規会員社及び個人会員の獲得と会員社内の知識と技術の向上を企図して、各種講座を開催した。

 まずは、副会長の上野氏が講師となって、「出版連続講座」を6回にわたって開催。

 1.どんな判断で書籍企画の採用/不採用を決定しているか

 2.原稿整理はとこまで許容されるか?

 3.著者のための本を作らないというルール

 4.小社では原価率をどう設定しているか/初版部数の決定法則

 5.実売部数・返品率をどのような表で管理しているか

 6.編集者にとって必要な能力とは何か?

といった刺激的で魅力的なテーマのせいか、こちらも毎回満員の状態。この講座をきっかけに出版協入会となった会社、個人の方があった。

 これら編集寄りの講座に加え、営業寄りの講座も開催した。

 ・「混迷を深める出版界を見極める」(小田光雄氏+中村文孝氏)

 ・「図書館営業基本の基」(尾下千秋氏)

 こちらの講師諸氏も業界内ではそのお話を一度は聞いてみたい方々であったこともあり、各回とも好評であった。

 各種講座は全般に好評で会員外からの参加も多く、参加した会員にとっても刺激になった。

 

 以上、昨年度の活動の一部をご紹介した。

「芳林堂書店高田馬場店選択常備伝票切替問題と5者協議」は、流対協から引き続き、取引・流通問題に対して「もの言う」スタンスの継承、「各種イベント、講座の開催」は、理事会の若返りとともに出版協として新たに始めた活動である。

 

ところで、お気づきであろうか。いずれも会員外の方々にも対応している。

現在の会員社の顔ぶれをごらん頂いてもわかることだが、多分、皆さんが思っている以上に、出版協はオープンな(はず)ので、興味をもった講座・イベントには気軽に参加いただき、取引上だけでなく、ちょっとした困り事から、できる限り知恵をしぼってお答えしているので、こちらも気楽にご相談いただきたい。

廣嶋武人ぺりかん社 )●出版協理事

2017年3月 1日 (水)

「変えてはいけないもの」

もうすぐ新年度ですね。年度末進行や、組織変更、新入社員の入社準備などで忙しい方も多いと思います。新年度の抱負について考えている方もいらっしゃるのではないでしょうか。

弊社の場合、新年度の抱負を年末のうちに考えます。変化の激しいこの出版業界で生き残るために、何か新しいことをせねばならないのではないか、という強迫観念に毎年襲われます。しかし今年の場合は少々違いました。

 

昨年末、自然風景の写真家Tさんとの忘年会でのこと。私がTさんに「来年の抱負はありますか?」と尋ねました。Tさんはしばらく黙ったのちに、「……いや、何もないね。ずっと同じことを続けるだけだよ」とおっしゃいました。

私はその時、はっとしました。Tさんの言うとおり、「変わらないこと」のほうが大事なんじゃないかと。

実際にはTさんの写真は、年々変化し、常に新鮮なテーマを追い求めています。しかしそこには、たとえ酷暑の荒野でも、極寒の冬景色の中でも、世界中、何時間でも自分が撮影したい風景が現れるのを待ち続ける、変わることのない美への追求という姿勢がありました。

 

弊社においても、変えてはいけないものがある、と思い至りました。それは、出版企画における3つのポリシーです。

1. 自分たちが欲しいと思える本か

流行っているから、ではなく、作り手や売り手が欲しいと思えるか、つまり読者の視点に立って本づくりをできるか、また販売戦略が立てられるか、ということになります。

2. 自分たちが作ることで類のない本になるか

自分たちの強みを活かすことで、差別化し、新鮮な提案ができる分野か、ということです。他社が作っても変わらない内容であれば、わざわざ限られた時間を使って、自分たちが作る必要はありません。

3. 10年でも自分の本棚に置いておきたい本か

私たちは単なる情報としての本ではなく、プロダクトとしての魅力を備える本を作っている自負があります。一時的な流行物は、一度に多くの部数を配本できる大手出版社と比較して、弊社の得意とするところではありませんので、不変的テーマを扱うよう心がけています。

これらは多くの出版社で、共通しているポリシーかもしれません。

 

ですが一昨年から、そうとも限らない現象を目にしてきました。

それは「大人のぬり絵」です。「大人のぬり絵」は、2015年夏から2016年春ごろにかけて、世界中で大ブームになったジャンルで、記憶に新しい方もいらっしゃると思います。日本においても10年以上前から河出書房新社さんで出版されてきましたが、主に年配層向けという認識を持っていました。ですが一昨年、英Laurence King社が原書として発売した『Secret Garden』(邦題『ひみつの花園』グラフィック社刊)、『おとぎ話のぬり絵ブック』(弊社刊)といった、20代女性を含め、幅広い年齢層を読者対象とした「大人のぬり絵」書籍が刊行されました。

 

それぞれの出版物が異なった年齢層を対象としていたことから、書店店頭では複数タイトル並べても、競合するどころか相乗効果を生むこととなり、それまでに知られていなかった潜在需要を開拓でき、メディアでも多数取り上げられました。弊社では当初、それほどの需要があるとは考えておらず、あくまで美術系出版社として新しい提案をし続けてきた延長線上にありました。

 

ところが一度ブームになると、大手を含め、多くの版元が参入してきました。プレーヤーが増えること自体は、そのジャンルが互いに切磋琢磨することになり、読者にとっても選択肢が増え、よいことです。問題は決してクオリティの高いものばかりではないことでした。弊社では、作家と編集者とが、二人三脚で時間をかけて本を作りますが、聞くところによると、版元から人気作家に制作依頼が殺到し、その内容が「短期間で、内容は作家におまかせで、少額で」というものも含まれていたようです。そうしたものが出回ると、棚は玉石混交となり、読者が離れていく要因となります。この現象は世界中で起こりました。

私はそのとき愕然としました。これが、出版の衰退を加速させている原因の一つではないかと。私たちは、決して安易に流行に流されてはいけない。私たちが大切にしている出版のポリシーを守り続けようと思いました。

 

実は、似たようなことが10年ほど前の米国で起きたようです。日本のマンガがブームになり、様々な出版社から日本のマンガの翻訳本が出版されましたが、棚が玉石混交となった結果、読者離れが起き、苦しい淘汰の時代があったようです。その中でもブームに振り回されずに、厳選した翻訳出版を続けてきたDark Horse社やVIZ Media社といった版元が生き残りました。今ではBarnes & Nobleなど大型の書店において、日本のコミック棚はアメコミをしのぐ勢いを見せています。

 

変化することも大切ですが、そもそも私たちは何のために出版という仕事をしているのかを考えたとき、変えてはいけないものもあることを思い起こした新年度となりました。
三芳寛要パイインターナショナル)●出版協理事

2017年1月30日 (月)

年度末雑感


2月、3月の年度末に向けて、綱渡り的な毎日が続いている。毎年繰り返されることであるにして、今年は例年に比して、さらに危うい日程調整が続いている。小社など専門書が主力となっている版元さんは、同じような状況であろうと思われる。学術振興会の科研費また各大学の出版助成などなど、2月中あるいは3月中での刊行が義務付けられているからである。もちろん、それぞれ採択から、しかも多くの場合、完全原稿があって、それを審査した上で採択されたものであるはずなので、少なくとも、紙の上では半年以上の制作期間があることになっている。したがって、よほどのものでないかぎり、日程的に無理があるわけではない。順調にいっていれば、大方、年内12月には刊行できているはずである。

しかし、そういったことは、小社の場合でも極めてまれな例である。
採択されてから、原稿に手直しが入り、さらに推敲しなどなどで、版元に届くのが遅れる。しかも、近年は、大学では学期内は関係者の忙しさが飛躍的となっているので、その期間落ち着いて原稿に取り組む余裕はないようである。したがって、夏休みの間にそれを行うというのが、現実的であろうと思われる。そうすると、いきおい、脱稿はさらに遅れることになり、早くて9月あるいは10月くらいにようやく、脱稿となる。

さてようやく制作に入ると(といっても、版元もその頃、そういった原稿がまとめて入ってくることになる)、大学がはじまり、なかなか予定通りには、校正が進まない。こちらも、複数本を一気に抱えることとなり、思い通りには進行できない。加えて、図表、図版が多いものは、それがあとから揃うなどもあり、より混乱の度がましてくる。

なんだかんだで、再校が出てくるのが、結局、正月明けになってくる。それから念校になるのだが、センター入試、私大では入試が始まり、著者、版元ともにバタバタしながら、ようやく念校にたどりつき、頁が確定してから、索引をとるというこれまた、難儀な作業が最後に残り、これが、時間がかかる。

 


科研の刊行助成は2月中が締め切りであるが、この時期の印刷、とくに近年では製本が非常に混み合ってくる。通常であれば、印刷所にデータを渡してから、2週間みておけば見本となるのだが、そう順調にはいってくれない。2月10日までには、入れないと間に合わないこともあり得る。
ようやく見本を納めると、最近では、やたらと提出書類が多い。どの取次に何冊出荷したのか、伝票を示せ、著者に何冊送ってなどなど、また、請求書をもう一度提出せよ(しかし助成金額が決まっているのに、なぜもう一度、請求書が必要なのか分からないが)など、これにも手間がかかる。
以前は、科研の刊行助成は、筆者と版元の間だけで処理されていたものが、大学がすべて処理するようになった。このため、大学が請求書を提出せよと言ってくるようになったわけである。そもそも国の助成金になぜ、消費税があるのか、分からないのだが、こちらで請求書を出せば、何もしなくとも、内税ということになってしまう。ということは、消費税分が助成金から目減りするということである。これは、小出版社にとっては、かなり大きい。

などなどしている間に、今度は、3月の締め切りとなる。こちらは、2月にまして、各版元の決算期にあたるのか、毎年刊行点数が非常に多い。それと、年度末の締め切りの出版物がかさなるので、大混雑となる。印刷所との打ち合わせた日程で進行しないと、まず年度末には間に合わないことになってしまう。このため連日の綱渡りとなる。
しかし、なんとか締め切りに間に合っても、なぜか助成金の支払いは、3月末ではなく、4月末になっている。年度末までの支払ではなくていいようである。であれば、金額は決まっているのだから、締め切りをそれほど、厳格にする必要などないのではないだろうか。よく分からない。

ということで、以上のような状況が現在進行形のなか、この原稿を書くことになり、愚痴っているとしかいいようがないのであるが、なんとか手立てはないものだろうかと思う。
せめて、年度末という締め切りを、採択後、1年以内として、採択時期を2回にわけるとか、大学関係の助成金は、例えば、6月(9月)採択、翌年6月(9月)までに刊行とか、出来ないものであろうか。そうすれば、多少なりとも事態は改善するように思えるのだが。

だったら、そんな助成金に頼らない出版をすればいいではないか、とも言われそうだが、専門書で助成金をまったくナシで刊行するのは、現在非常に厳しいと思う。助成金で制作費がまるまる賄えるわけではなく、各社かつかつでやっているのではないだろうか。小社に限っていえば、助成金がついても、なるべく価格を抑え、一般書店でも買える価格を付けたいとすると、助成金の総額はどうしても低くなってしまうようになる。しかし、そうした本が一般書店で販売されて、手にとってもらえることが、知の下支えになるのではないかと思っているのだが。

 

石田俊一三元社 )●出版協理事

2016年12月27日 (火)

「世界一美しい本を作る男GS」に触発され考えた 二、三の事柄

先日、池袋演芸場のまえでばったり梅原圓朝氏に会った。なんでも古書店組合の寄り合いがあったらしく、酔い醒ましに歩いて帰宅する途中という。この圓朝氏は氷川町(板橋)で古書店を営んでおり、近くに住んでいるわたしは店にお邪魔しては(焼酎の御相伴にあずかり)、「本」にまつわるよしなしごとを拝聴するのであった。
 
「しばらくでしたねぇ。ところで、東京藝術大学美術館・陳列館で、《世界一美しい本を作る男》として世に知られたゲルハルト・シュタイデルさんが差配する《Robert Frank: Books and Films, 1947-2016 in Tokyo》という展覧会(2016年11月11日~11月24日)が開かれていますが、ご覧になられましたか。この展覧会、学生が什器の製作から広報・宣伝まで裏方として働いていて観覧料が無料なんです。あなたも多忙でしょうが行ってみるといいですよ」
 
「ええ、ロバート・フランクのファンの友人からはその情報を聞いていたのですが、行こうと思いつつもなかなか時間がなくてまだなんです。シュタイデル氏の仕事は出版者たちに多くの示唆や刺激を与えてきたはずです。ドイツの地方都市、ゲッティンゲンに彼の会社がありますが、多くの作家やアーティストに支持され、世界中を飛びまわるシュタイデル氏です。ことに今回の展覧会では彼のその智慧を盗みたいものですね。また私的なことですが、わが故郷である紀州の熊野新聞社が協賛していて、大判の刷り物を印刷したようですね。シュタイデル氏も南紀・新宮にまで出張(校正)したとのこと。さらに藝大教授で新宮市出身の写真家・鈴木理策氏のトークイベントもあるようで楽しみです」
 
1968年、シュタイデル氏は18歳のとき会社を設立。当初は版画やポスター、のちにアート系書籍や文芸書なども手がけるようになった。多くの写真家やアーティスト、作家、美術館等を顧客に持ち、企画の打ち合わせには数年も待たねばならないほど多忙を極める。シュタイデル社は出版社とはいえ、本の製作(企画、組版・デザイン、印刷・製本)のすべてを自社で行い、版元と印刷会社と製本所が一緒になったような会社なのだ。
著者とは必ず会って打ち合わせをするシュタイデル氏は、紙の見本帖や束見本などを持参して、紙やインキを選び、本づくりについて提案をする。電話やメールで用を済ませることはない。その仕事ぶりは「職人」だ。作家から信頼を寄せられるのも当然といえる。

「今回の展覧会では、写真集『アメリカンズ』で成功をおさめたロバート・フランクが、写真から映画の製作に興味を移してフィクション(芝居)とドキュメンタリーのあいだに位置するような映像作品(それらは商業的成功を望んだものではない)を展示しています。とはいえ、写真であれ映画であれ、彼の作品を決定づける媒体(メディア)は結局、《ブック》なのです。会場入り口の天井からぶら下げられた多くの本とともに、製版や印刷、製本について細かく指示が書かれたゲラ刷りもたくさん展示されていました」と圓朝氏は話す。
 
これまではプリント(紙焼)の取り扱いの難しさもあって、なかなか展覧会が実現しなかったというフランクの作品だが、映像メディアに大きな影響を与えてきたフランクが、この展覧会では、新聞紙への印刷、そして終了とともにそれらを破棄することを了承したというのだ。それはまさに画期的な「できごと」である。
「展覧会用チラシには《シュタイデル氏への質問》が掲載されています。『良い本を作る条件があれば教えてください』という質問に対し、『良い作品+良いアイディア+良い紙+良い印刷+良い香り+良い装丁=良い本』と彼は述べていますが、この『良い』という語の意味はじつに多義的(アンビギュアス)で拳拳服膺すべきところではないでしょうか」と圓朝氏。
 
「おっしゃるように、この『良い』という形容詞が鍵語ですね。わたしも『良い』本づくりの要諦を考えるヒントのために、[出版協のイベントで]ブックデザイナーの鈴木一誌氏や祖父江慎氏、そして桂川潤氏(2017年2月実施予定)を講師に招きレクチャーを開きました。《tenor》(中身)と《vehicle》(器)について、また《noise》(余白等)について考えるなど、本の《物質性》へのこだわりを講師たちから学ぶという意図でした」
 
シュタイデル氏が作るのは、世界一「売れる」本ではなく世界一「美しい」本である。紙の質感(風合い、紙厚)、インキの匂い等、モノとしての本への愛、本づくりへの情熱、それらがベースにあって「出版」が具体化する。とはいえ、さまざまな「コスト」が生じる出版では、「利(益)」を生まねばならない。しかし、「それ」のみを追求すれば、おそらく想像できないような恐るべき陥穽が待ち受けている(だろう)。
 
河野和徳彩流社 )●出版協理事
出版協 『新刊選』2017年1月号 第51号(通巻275号)より
 

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